
日本サッカー協会(JFA)は、「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」という理念の下、競技力向上と同時にスポーツが社会にもたらす価値の最大化を追求してきた。その対象は国内からアジア・海外に広がり、さらに競技現場のみならず、教育や健康、地域づくりへと展開している。
資生堂のANESSA Sunshine Projectは、「Free to Shine:太陽のもと、誰もが輝き続けられる世界へ」というブランドパーパスの実現を目指し、2024年5月に立ち上げられたプロジェクトである。太陽のもとで心と身体を動かす体験を通じて、子どもたちが生涯にわたって健康で幸せに生きていくための土台づくりを支援することを目的としている。こうしたプロジェクトの趣旨は、JFAが掲げる理念とも高い親和性を持っており、両者は同時期より協力関係を構築してきた。
特に、ANESSAが展開されるアジアの国・地域では、ゲームやスマートフォンの普及、年間を通じた暑熱環境などを背景に、子どもたちの外遊び離れが社会課題の一つとなっている。JFAと資生堂は、こうした課題に対し、子どもたちに外で身体を動かすことの楽しさを伝えるとともに、適切な紫外線対策のもとで安心して活動できる環境づくりを進めるなど、心と身体の健全な成長を支援するというアプローチを行っている。サッカーの楽しさと健康教育をあわせて届けるこの取組は、単なる啓発活動にとどまらず、次世代の健全な育成を支える実践として位置づけられる。
アジアにおけるサッカーの普及が進む中、JFAが強く意識しているのが「普及の量」だけでなく「普及の質」である。特に、屋外スポーツであるサッカーにおいて、強い紫外線や高温環境が子どもたちの健康、とりわけ肌に与える影響は見過ごされがちな課題だった。サッカーを広げる立場だからこそ、安全かつ継続的に子どもたちがサッカーに取り組める環境をどう整えるか。この問いが、資生堂との本取組の出発点にある。
「自走」を前提とした国際協働という設計思想
JFAと資生堂ANESSAが連携して進めるANESSA Sunshine Projectは、国際貢献やCSRの枠にとどまらない取組である。最大の特徴は「自走型モデルの確立」を前提条件として制度設計している点にある。
JFAは、初回のベトナム開催(2024年)時から現地サッカー協会との間で「毎年一定回数以上、開催地サッカー協会が主導でサッカーの普及とUV啓発を組み合わせた活動を実施する」ことを契約に明記してきた。これは、JFAが関与を継続することを前提としない、現地完結型での普及の形を目指していることを意味しており、実際にベトナムでは2025年中に4回自走イベントを開催している。
JFAが提供するのは、日本国内で長年培ってきたキッズ向け普及イベントの設計思想や安全管理、指導者育成の考え方である。そこに、資生堂が有する皮膚科学の知見と、「予防を通じて健康を守る」という思想が重なり合う。両者の明確な役割を基に、JFAが描くスポーツ普及の知見と資生堂の専門性が融合する形の構造となっている。

イベントに参加したアルビレックス新潟シンガポール、スペシャルゲスト、JFA、資生堂、FAS(シンガポールサッカー協会)代表©JFA
現地実装を見据えた研修プログラム
2025年、第2回目のプロジェクトがシンガポールで実施された。前年にベトナムで実施された第1回同様に、JFAは「モデルが現地でどこまで自立して機能していくのか」を重視しており、子どもたちに日焼け止めの塗り方を教えるなどの指導役となる現地のコーチたちへの事前研修では、単なるプログラムの共有ではなく
● なぜ幼少期に紫外線対策を伝える必要があるのか
● サッカー指導の流れの中に、どう自然に健康教育を組み込むか
● 保護者や地域を巻き込む際の考え方
といった背景にある考え方まで含めて現地のコーチたちに提供された。JFAにとって重要なのは、ノウハウが「手法」としてではなく「考え方」として現地で日頃から子どもたちを指導するコーチたちに伝わることだったのである。
3日間の研修の最終日に実施されたデモイベントでは、ピッチに立った現地コーチたちがJFAや資生堂の存在を前面に出すことなく、自らの言葉で子どもたちに語りかけていた。その姿は、本取組の趣旨に基づき、今後の現地実装を見据えた取組の象徴的な第一歩であった。

現地コーチの声が示す、指導現場の変化と手応え
本取組を通じて、大きな変化を実感しているのは、現地で子どもたちを日常的に指導するコーチたち自身である。3日間にわたる研修と実践を通じ、参加したコーチからは、自身の指導観に対する新たな気づきが多く寄せられた。あるコーチは、「プログラムをとおして、他のコーチの考え方から多くを学ぶことができた」と振り返る。前向きな声掛けを重視しながら、シンプルで楽しいセッションを構成することで、子どもたちのサッカー技術を自然に引き出していく手法は、従来の指導スタイルを見直すきっかけとなったという。JFAが重視する「子どもを中心に据えた指導思想」が、現地の指導者たちに新たな気付きとして浸透し始めていることがうかがえる。
子どもたちの反応もまた、コーチたちにとって大きな手応えとなった。最終日に行われたフェスティバル形式のデモイベントでは、ピッチを複数のステーションに分け、ボールタッチ、ドリブル、シュートといった個人スキルの習得と、ミニゲームによる実践を体験できた。子どもたちは各アクティビティを楽しみながら新しい友達とプレーする時間を満喫しており、特に印象的だったのは、単に「楽しい」だけではなく、子どもたちが主体的にプレーしながら、技術や知識を自然に身につけていた点であった。コーチたちは、サッカーの技術向上と主体性の育成が両立できることを、現場で実感する機会となった。

今後に向けて、コーチたちからは本取組を一過性の経験で終わらせることなく、指導方法やその背景にある哲学を、シンガポール国内でさらに共有・発展させていく必要性を感じているという声が多く聞かれた。こうした機会を重ねることで、子どもたちの育成と競技レベルの向上を同時に図ることができるという認識が確かに芽生え始めていたのである。
JFAが提供するサッカーの知見を継続的に活用しながら指導メソッドを改善していくことは、シンガポールのスポーツが国際的な基準に近づき、より高いレベルで競争していくためにも有益であるとの声も上がっている。また、子ども向けに視覚的にUV量の変化を認識できたり、UVケアについての正しい知識を学べたりするコーナーを設置するなどの会場での仕掛けや事前のコーチ研修時のレクチャーといった資生堂のUVケア啓発を並行して組み込むことで、屋外活動における健康管理の重要性についても、子どもたちだけでなくコミュニティ全体に伝えることを実現している。
これらは、JFAが掲げる「自走型モデル」が、すでに現地の指導現場において前向きに受け止められていることを示している。

日本発のモデルを、アジアで自走させるという国際貢献
ANESSA Sunshine Projectを通じてJFAが見据えているのは、日本で培われたサッカー普及の知見や、安全管理、子どもの成長を中心に据えた指導思想を、日本国内に留まらずアジア全体の健全な育成へと広げていくことである。JFAはこれまで、日本国内において、サッカーを単なる競技としてではなく、教育や健康、地域づくりと結びつけながら普及させてきた。その過程で蓄積された「子どもを中心に据えたスポーツの設計思想」は、日本固有のものにとどまらず、文化や環境の異なる国々においても応用可能な普遍性を持つ。
また、その中でJFAが重視しているのは、日本の成功事例をそのまま移植することではない。現地のサッカー協会やコーチたちが主体となり、日本発のモデルを自国の文脈に合わせて再構築し自走していくことを前提としている点に、この取組の本質がある。契約によって担保された「毎年の自走実施」という枠組みは、そうした思想を制度として具現化するためのものだ。
このアプローチは、スポーツを通じた国際貢献の在り方としても重要な示唆を含んでいる。支援する側が主導権を握り続けるのではなく、現地が主体的に運営し、継続していく仕組みを残すこと。その結果として、サッカーを通じた健康教育や子どもの健全育成が地域社会の中に根づいていく。JFAは、スポーツを通じてそうした循環を生み出す役割を担おうとしている。
さらに、この取組は、日本のスポーツに関わる産業や知見が、アジアへと広がっていく可能性も内包している。JFAが設計する普及モデルに、資生堂のような日本企業の専門性が組み合わさることで、「日本発のスポーツ×健康モデル」が国境を越えて機能し始めている。本プロジェクトにおいてJFAは競技団体としての枠を超え、日本のスポーツ界が持つ知的資産や産業的可能性を国際社会と共有するハブとしての役割を果たしているのである。

産業連携によるスポーツの社会的レガシー
本取組が示しているのは、サッカー普及にとどまらず、子どもの発達支援や健康リテラシー、生活習慣(UVケア)までを一体で届け、現地が主体となって継続できる「自走型モデル」を実装することの意義である。日本が培ってきた安全性や丁寧な運営、社会的価値を重視するアプローチは、多様な文化圏においても受容されやすく、パートナーと共に拡張可能な“スポーツを通じた社会的レガシー創出モデル”として位置づけられる。
JFAにとって本取組は、サッカーの枠を超えた価値(健康管理・予防)をプログラムに組み込み、指導者研修の視点を拡張できる点で大きな成果をもたらしている。一方で、企画・運営の高度化に伴う負荷、継続に向けた体系化と標準化、そしてスポーツ団体としての中立性と企業色のバランス設計は、今後も意識すべき重要な課題である。
資生堂にとっては、「屋外スポーツ×UVケア」を生活者の実体験として届けられることに加え、子ども・保護者・指導者という継続的な接点を通じたブランド形成や、ウェルビーイングへのコミットメントの可視化といった成果が生まれている。他方で、長期的な投資や地域ごとの適応が不可欠であり、社会的インパクトと事業効果を両立させるための指標設計と効果測定の高度化が求められる。
それでもなお、スポーツ団体の信頼とネットワークに企業の専門性とプロダクトが重なることで、社会価値と事業価値を同時に創出しながら、日本発モデルを海外で自走させる道筋が確かに見えてきた。これは、海外の子どもたちの健全な育成に資すると同時に、日本のスポーツ関連産業の国際的な展開可能性を広げる実践でもある。JFAは今後も、パートナーと共に「社会を健やかにする文化」としてのスポーツを、国境を越えて根づかせていく。
◇河合 洋一(かわい よういち)
株式会社2019プラス代表取締役
大手広告代理店、(公財)ラグビーワールドカップ2019組織委員会などを経て、スポーツ協賛や国際大会の運営などに携わってきた経験を有する。現在は一般社団法人ジャパンラグビーリーグワン社会貢献・人材成長事業担当プロデューサーを務める。JSPINアドバイザー。
※所属・肩書等は2026年5月の執筆当時のものです。
