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トッテナム・ホットスパーとのパートナーシップで描く、旅行会社からの脱却【前編】(Beside Japan Ltd 林 鉄朗)

2026.08.20

世界最高峰のサッカーリーグ、英プレミアリーグの強豪トッテナム・ホットスパー(以下、スパーズ)。レジェンドのひとりソン・フンミン選手の活躍などを通じてアジア圏に厚いファン層を持ち、クラブ収益は約1,100億円と世界トップ10の常連。米国NFLの試合や世界的アーティストの公演も開催する最先端スタジアムの運営や、プレミアリーグでトップレベルに環境へ配慮したクラブとしての評価など、競技力にとどまらないビジネス・アセットを持つことで知られる。このスパーズと2026年1月にリージョナルパートナー契約(特定の国・地域に限定してクラブの商標使用権やマーケティング権を得るスポンサーシップ契約)を締結した株式会社エイチ・アイ・エス(以下、HIS)。格安航空券販売を出自とする旅行大手は、なぜ海外スポーツクラブとの戦略的パートナーシップに踏み出したのか。そして、契約初年度の取組から何が見えてきたのか。

本稿では、ロンドンを拠点にするJSPINアドバイザーの林が、プロジェクトの中心メンバーであるスポーツ事業グループの飯田 紘貴氏(事業推進チーム)にインタビュー。前編では、「旅行代理店からの脱却」というHISの経営課題を起点に、プレミアリーグとスパーズを選んだ理由、そして契約初年度に認知と信頼の獲得を掲げて展開した取組に迫る。(後編では、中長期ビジョンと国際展開を目指す日本企業へのメッセージを聞く。)

目次

1 旅行代理店からの脱却を目指して
2 プレミアリーグ、そしてスパーズを選んだ理由
3 「人」で確かめた、選択の正しさ
4 初年度の戦略 ― まずは「認知」と「信頼」から

左からHISの加治木宏執行役員、トッテナムのライアン・ノリス氏、HISの矢田素史元代表取締役社長

旅行代理店からの脱却を目指して

―スパーズとの提携に踏み切った背景を教えてください

まず旅行業界という大きな枠組みがあり、その中で旅行代理店は、航空券とホテル、それ以外のパーツを一つにパッケージングして提供する、あるいは航空券そのものを販売して手数料を得る、というビジネスモデルが基本にあります。私たちが課題として捉えていたのは、このモデルからどう脱却できるかという点でした。

HISでなければ提供できない現地での体験や価値を生み出す企業へとなっていきたい。その思いがベースにありました。そのうえで、スポーツというコンテンツが持つ集客力、熱狂を生み出す力に着目しました。これを独自コンテンツとして拡充していくことで、BtoCはもちろん、BtoB、さらにはBtoG(Business to Government / 国や自治体とのビジネス)といった事業領域への拡張・波及効果も見込めると考えたのです。

世界最高峰のプレミアリーグというスポーツIP(リーグやクラブが持つブランド・コンテンツとしての価値)、そしてそこで戦うスパーズというクラブとの提携へ進んでいったのには、こうした前提がありました。

私が所属するスポーツ事業グループとしては、長年BtoCでサッカー観戦ツアーを手がけてきた実績があります。プレミアリーグだけでなく、過去にはボルシア・ドルトムントやラ・リーガといったクラブ・リーグとのリージョナルパートナーを務めた経験もあり、サッカー観戦が生む熱量やビジネス的なインパクトはよく理解していました。

そのうえで、先ほどの「旅行代理店からの脱却」という観点から、単にチケットというコンテンツを切り売りするのではなく、通常は入ることのできないエリアに入れたり、憧れの選手と会えたりといった、HISだからこそ提供できる高付加価値の商材をいかに生み出せるかを模索していました。

プレミアリーグ、そしてスパーズを選んだ理由

―数あるクラブの中から、スパーズに絞り込んでいった選定プロセスについて聞かせてください

大きく二つのポイントがありました。一つは、BtoB、ひいてはBtoGへの展開を図れるという点です。HISは航空券を販売してきた成り立ちから、ビジネスインパクトの大きいBtoCのレジャー層を重視してきた経営的な背景があります。ここからさらにビジネス領域を拡張するために、BtoBの領域をどう展開していくかは会社としての課題であり、スポーツ事業グループとしてのチャレンジでもありました。

それを解決できるのが、スパーズが持つ最先端のエンターテインメント施設としてのスタジアムアセット、そして高い水準のサステナビリティの知見・実績でした。この部分はBtoB、BtoGへの拡張領域が非常に広い。これが第一の大きなポイントです。

二つ目は、一言で言えばブランドフィットです。HISが掲げる「『心躍る』を解き放つ」、というパーパスと、スパーズの掲げる「To Dare Is To Do(挑戦なくして成功なし)」という理念。人々の挑戦を後押しし、共に価値を提供していくという未来像において、非常に親和性が高いと感じました。HISには「Change and Create~挑戦者であれ~」という、長く大切にしてきたDNAもあります。この姿勢が、スパーズの「To Dare Is To Do」と強くリンクしている。このパーパスや理念、DNAの一致もフィットしていた。この2点が挙げられます。

「人」で確かめた、選択の正しさ

―他のクラブも検討される中で、最終的に「スパーズでいきたい」と腹落ちした瞬間はどこにありましたか

私たちが得意とするBtoCの観点で言えば、まずスパーズには日本各地に活発なサポーターズクラブが存在し、その規模を調査できていました。SNS周りのインパクトもある程度把握できていた。基盤領域であるBtoCの数字がある程度見えていたこと、そしてそこからBtoB、BtoGへ拡張するためのスタジアムアセットやサステナビリティのアセットがかなり確立されていたことが、一番大きなポイントでした。

クラブとのやり取りが始まってから「やはり間違っていなかった」と改めて感じたのは、人の部分でした。文化の違いによりやり取りは難しくなることも覚悟していたのですが、最高収益責任者を含め、担当してくれるメンバーが非常に寄り添ってくれて、レスポンスも早い。HISがどうしていきたいのかという未来を共に創ろうとする姿勢を出してくれました。IPという要素だけでなく、人の部分でもスパーズに決めてよかったと思っています。

―スパーズ側は、HISとのパートナーシップのどこに魅力を感じたとお考えですか

彼ら自身に聞いてみたいというのが本音ですが、逆の立場で考えると、スパーズは日本国内での認知を上げたい、日本を重点戦略領域として位置付けているという前提があります。そこから考えると、日本でどうリーチを広げ、認知を顧客に届け、最終的に収益につなげていくか、その打ち出し方を模索しているというのが正直なところだったのではないかと思います。

その点でHISは、観戦会の開催や、HISの基幹イベントでの大きなビジュアルの打ち出し、ウェブメディアでの発信など、クラブとともに認知を高める活動を行ってきました。日本におけるマーケティングパートナーとしての役割を担っている。そこは前向きに捉えてくれていると感じますし、イベントの提案には非常に前向きにサポートしてくれる。ビジョンが合っていると思っています。

初年度の戦略 ― まずは「認知」と「信頼」から

―初年度の活動を貫く戦略的なテーマと、設定したKPIについて聞かせてください

(サッカー界における)冬の移籍市場も終えた2026年1月に契約締結しましたが、シーズンが始まる7月を待つよりも1月に動き出した判断は間違っていなかったと思っています。

初年度はまずは認知の獲得が重要だと考えました。公式のリージョナルパートナーとしての立ち位置の確立です。スパーズには日本各地に活発なサポーターズクラブがあり、2024年のスパーズのジャパンツアーの際にも大きく貢献をされています。リージョナルパートナーとしての認知獲得と、コアなファンであるサポーターの方々との連携による信頼獲得に重きを置きました。

KPIとしては、ツアーの送客数の前に、まずはコミュニティとして、どれだけイベントを開催し、コミュニティへリーチできるかという「コミュニティKPI」(コミュニティ専用のSNS新規会員数などを計測)を設定しました。それを達成するために、観戦会やサポーターズクラブ向けのトークセッションといった草の根の活動も丁寧に広げてきました。

観戦会を作り上げたHISスタッフの様子。多様な部門が連携して取組を進めている

―一連の施策の中で、特に優先順位の高かったキーとなる活動はどれでしょうか。

二つに注力しました。一つは観戦会、もう一つはプロダクトの拡充・確立です。

観戦会は、初めて自分たちの権益を使ってファンと相対できる大きなイベントでした。来場いただくスパーズのファンと実際に対面するのは初めてでしたが、アンケート調査を実施したり、直接お話したりすることで見えてくるものがありました。この観戦会には二つの狙いがありました。一つはツアー送客のプロモーション。もう一つは、スパーズが取り組むサステナビリティ活動自体をファンに知ってもらう「サステナブル観戦会」としての位置付けです。具体的には、スパーズのスタジアムで行われている飲み物のリユースカップの取組を観戦会で疑似体験してもらえるよう、リユースカップを配り、飲み物を提供しました。スパーズのスタジアム内にはビール醸造所があり、そこで作られたものがリユースカップに注がれて出てきます。こういった現地に行かないと知ることが難しい情報も紹介し、体感していただきました。ファンの方々は戦術や経営状況には関心がある一方、こうした側面は意外と知らない方もいる。熱量だけでなく、サステナブルな要素を観戦会にプラスして打ち出すことができました。

観戦会で提供したリユースカップ

二つ目のプロダクトの拡充・確立では、「HISでしかできない価値提供」という背景に立ち返り、プライベートなスタジアムツアーや、レジェンドOBと会えるミートアンドグリートなど、通常では手に入らない価値を一つの提供プロダクトとして整備することに注力しました。

―飯田さんご自身が手応えをつかんだ瞬間を、エピソードとともに聞かせてください。

一つ挙げるなら、今年4月にトッテナム・ホットスパー・スタジアムで開催したアクティベーション「ジャパンデー」です。今回はテストマーケティングという位置付けで、日本の文化を紹介しつつHISのプロダクトに落とし込むことで今後の戦略の核になるという手応えを得ることができました。

トッテナム・ホットスパー・スタジアムにて開催された「ジャパンデー」のイベント

―スパーズファンとのコミュニケーションで、印象に残っているものはありますか。

数多くありますが、やはりサポーターズクラブの代表の方とのやり取りが最も印象的でした。本当に密なコミュニケーションが取れていて、スパーズの良さをいかに日本に届けるか、そのベクトルが非常に合っていました。これほどサポーターズクラブと密なリレーションを築けるとは正直思っていませんでした。ビジネスとして関わる私たちと、応援する立場として関わる方々が、同じベクトルを向き、同じ戦略を走らせ、共に動いてくださる。これは非常にありがたいことだと感じています。

―初年度を振り返って見えた課題と、来シーズンに向けた改善の方向性は。

最大の課題は、契約時期が1月だったことで、初年度の旅行予約のピーク時期が過ぎていたことにより、ポテンシャルを100%発揮できなかった点です。もどかしさはありました。とはいえ、1月に動いたこと自体は間違いではなく、現実として課題に向き合うことができました。

だからこそ来シーズンは、2年半という契約期間と、この半年で築いてきたリレーションシップをそのままに、すぐ施策を練れる状態にあります。8月の新シーズン開幕に向け、7月中旬にはツアー発売を予定しており、さまざまな仕掛けを今まさに考えているところです。

ずっとやりたかった施策の一つに、HISの店舗をスパーズ仕様に装飾する店舗ジャックがあります。店舗をコミュニティのハブと位置付け、そこからさまざまなイベントを展開していきたい。観戦だけでなく、観戦会でサステナブルを体験してもらうなど、選手目線・チーム目線・ゲーム目線だけでない、違う角度からスパーズを見てほしいという思いがあります。

具体的には、8月にユニフォームを着てサステナビリティの内容を紹介しながら街を歩くゴミ拾いイベントや、試合のある週末に合わせたランニング・ウォーキングイベントなど、店舗を起点にサポーター同士のエンゲージメントが高まる仕組みを企画しています。

―HISが提案するさまざまなチャレンジに対する、クラブ側の反応はいかがですか。

クラブの反応は常に前向きです。私たちがやりたいことに対して、最初からノーと言われた記憶はありません。まずはどうすれば実現できるかを一緒に考えてくれます。前提として、私たちもクラブにとってメリットがあるイベントを心がけています。スパーズにおける日本のマーケティングパートナーとしての存在価値を発揮したいHISにとっては当然のことですが、クラブにとってのメリットを常に忘れずに提案する。だからこそ、ぜひ進めてほしいといつも言ってもらえるのだと思います。

後編では、旅行会社からマーケティングパートナーへの進化、そして「欧州=HIS」を掲げる中長期ビジョンと、国際展開を目指す日本企業へのメッセージを聞く。

(文=林 鉄朗)

▼HISプレスリリース
HIS、トッテナム・ホットスパーFCとオフィシャル・リージョナル・パートナー契約を締結

◇林 鉄朗(はやし・てつろう)

ロンドンと東京を拠点とするスポーツビジネスコンサルタント。欧州と日本のハブとなり、スポーツを基軸としたイノベーション創出支援・マーケティング支援などを行う。JSPINアドバイザー。

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