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“スポーツ×ジェンダー”:スポーツが持つ力を信じて~「レディース・ファースト」の軌跡と奇跡(前編)(JICAタンザニア事務所 浅野寿美子) - JSPIN
“レディース・ファースト オーイエーイ”
“レディース・ファースト オーイエーイ”
選手たちのあふれ出す明るい大きな声と、はじける笑顔。2025年11月29日、タンザニア・ダルエスサラームのベンジャミン・ムカパ国立競技場で、第7回「レディース・ファースト」は開幕した。
開会式には、アフリカ連合代表部(African Union以下AU)の女性・平和・安全保障(WPS)特使のリベラタ・ムラムラ氏がゲストとして出席。ムラムラ氏はタンザニア外務大臣を務めるなど、タンザニア政府の要職を歴任し、今は、アフリカ全体のジェンダー課題を第一線で扱っている人物。ムラムラ氏は、会場に集まった選手たちに暖かい拍手を送りながら、「健康も、教育も、リーダーシップも、そして平和も――Ladies First でいきましょう!!」と力強く呼びかけた。この女性リーダーの言葉は、選手一人ひとりの胸にまっすぐ届いただろう。この大会が、タンザニアだけでなく、アフリカ大陸の未来に広がる取組だと認識されつつある ‐ そんな象徴的な幕開けとなった。

Mulamula underscores role of sports in health, education and development at ‘Ladies First’ event
(地元オンラインメディアより)

“自分たち”の「レディース・ファースト」
今回、第7回を迎えた女子陸上競技大会「レディース・ファースト」。10月末のタンザニア大統領選挙期間の情勢により、直前まで開催も危ぶまれたものの、実施機関であるタンザニア国家スポーツ評議会(National Sports Council of Tanzania, NSCT)の粘り強い調整もあり、当初の予定より1週間遅れではあったが、無事に開催された。
ジェンダー平等や女性のエンパワメントを掲げ、2017年から続くこの大会は、新型コロナ禍も挟みながら、単なるスポーツイベントの枠を超え、タンザニアの「女子とスポーツの未来」を形づくる場へと育ちつつある。
今年特に印象的だったのは、NSCTの運営力の進化だ。これまで独立行政法人国際協力機構(JICA)との協働を積み重ねてきた彼らは、今回は自ら企画を打ち出し、またスタッフも多く配置し、イベントを主体的に実施するという勢いがあった。
第1回目から運営にかかわっているNSCTスポーツオフィサーのベンソン・チャチャ氏は、誰よりも本大会をよく知る人物。「去年の写真展はよかったから、今年も取り入れよう」、「ここにモニターを置いてビデオを流すのはどうか」、「ヘルスチェックアップブースには、スタジアムの医療スタッフを配置しよう」など、次々とアイディアが溢れだす。それをひとつずつ自分たちで実際に実現することができ、スタッフ側のやりがいも向上したと言える。
また、タンザニアの陸上連盟のスタッフの配置も充実し、スタッフから選手たちへの丁寧な指導が行われる様子も見られた。
運営側のこうした成長は、着実に“自分たちの”「レディース・ファースト」となっていると感じさせた。


持続可能な大会へ~選手たちとつながる未来~
NSCTは今回、常々課題であった地元企業との交渉も積極的に実施してきた。その結果地元大手銀行や、現地の塗料会社(関西ペイントの子会社であるPlascon)を含め、過去最大の協賛金を得ることができた。また、PEPSIなどの清涼飲料水を取り扱う大手のビバレッジメーカーであるSBC Tanzania Ltd.からも協賛を得られ、選手・コーチ・大会関係者に対する飲料の提供も実現した。資金面及び物資面ともに、大会の持続的な運営に向けての着実な一歩となった。
特に関西ペイントの子会社であるPlasconは、同社のCSRとして女性や子供に資する取組を行いたいという意向があり、今回の連携で大きな存在感を示した。協賛金の提供もさることながら、塗料の提供も行い、“Dream Tree Art”というサイドイベントを実施。Tinga Tinga Artist(※Tinga Tinga:タンザニア発祥の伝統的な絵画スタイル)も加わって、選手たちが自分の夢をキャンバスに描いていくというイベントも実現した。
ジェンダー課題に対して積極的なスポンサー企業は、これまで日本企業が多く、地元のパートナーの巻き込みが課題として挙げられていた。しかしながら、このようなCSR戦略を有する地元企業の出現・増加に対して、JICAが機会を創出することにより、同様の想いを持った日本企業とのマッチングのプラットフォームになり得る可能性さえ感じさせる大会となった。
大会後の選手たちの言葉も、この大会の意義を語っている。
「仲間から努力を学び、大きな刺激を受けた」
「この大会は、私たちの才能を認め、さらに伸ばしてくれる」
陸上競技という舞台を通して、一人ひとりの女性が自信を獲得していく―そんな瞬間の多くを、この大会で多く見ることができる。
そんな彼女たちを今後も持続可能な大会運営が支えていくことを願ってやまない。



全国調査から見えるタンザニアのスポーツ・運動の課題
NSCTに派遣されているJICA専門家(スポーツと開発)の白石智也氏が中心となって、2024年度にタンザニア初となる「スポーツ・運動参加に関する全国調査」が行われた。同調査は、タンザニア全国2,340名へ調査を実施したものであるが、そのエビデンスに基づき抽出された課題が以下の4つである。
- ジェンダーギャップの解消
- 若者・高齢者へのアプローチ
- 学校体育の発展(選択制・実技軽視・教員不足)
- 障害者のスポーツへのアクセス改善
「レディース・ファースト」は、このうち「ジェンダーギャップの解消」の象徴的な取組だ。同時に、サイドイベントではこれまで、男性コーチも対象とした生理ワークショップや金融教育を実施し、“女性だけを変えるのではなく、社会が変わる”ための新たな試みも始まっている。
また、他の課題に対しても、若者への支援として、学校大会に出られない田舎の地域の子どもたちのために、スポーツ大会への参加機会確保に向けたパイロット事業が進行している。さらに、高齢者が家庭で実施できる運動促進プログラムも作成され、全国展開に向け準備が進んでいる。加えて、教育段階でのパラスポーツ振興に向け、パラスポーツの教員研修、並びに、価格の高さから現地の学校では入手が困難なパラスポーツ用具の提供なども進められている。
スポーツというツールを使いながら、様々な社会課題に向けてアプローチするという取組を、今後も続けていきながら、多くの可能性と向き合っていきたいと感じている。


スポーツが社会を変える、その現場に立ち会う
「レディース・ファースト」は、単なる陸上大会ではなく、“女性が力を発揮し、自分らしさを示し、社会に新しい風を吹き込む”ことができる現場と言える。そして、運営する側も、支える側も、参加する側も、少しずつ変わっているのではないかと感じている。
“自分たちの大会を、自分たちでつくる”という意識が育ち、タンザニアのスポーツ界全体が前へ進んでいる。
「レディース・ファースト」を契機に、若者支援、高齢者への働きかけ、障害者スポーツ支援など、多様な取組が広がり始めている。
まだスポーツビジネスの土壌があるとは言えないタンザニアであるが、「レディース・ファースト」をはじめとするこれらの取組を通じて、スポーツの基盤整備や、スポーツのすそ野の拡大は確実に歩を進めてきた。今後は、スポーツ産業振興といった課題に対し、政策面からのアプローチも必要となってくるだろう。2027年には、ウガンダ・ケニアとともに、サッカーの「AFCON2027(アフリカネイションズカップ2027)」開催が決定している。AFCON 2027は、タンザニアで開催されるスポーツ大会としては、歴史上最も大きな国際競技大会になると言われており、これを契機としたスポーツ産業の振興も大きく期待されている。
JICAとしてはそれらの取組に伴走しつつ、更なるスポーツの基盤づくりや、政策整備・実施支援などを行っていく。その中で、その後の様々な企業との連携などをはじめ、ビジネス機会が創出され、それが国の発展につながっていくことを期待している。
スポーツには社会を変える力がある。その可能性を今後も見続けていきたい。

(関連リンク)
JICAホームページ
・タンザニア連合共和国JICA国別分析ペーパー(2025年3月)
・第 5 回タンザニア女子陸上競技大会「レディース・ファースト」 | ニュース・メディア - JICA
第5回レディース・ファーストビデオ
・【タンザニア・ジェンダー】第5回レディース・ファースト(2023)(Short:1分) - YouTube
・【タンザニア・ジェンダー】第5回レディース・ファースト(2023)(Full:5分) (youtube.com)
・THE 5th レディース・ファースト 2023 (Short:1min) - YouTube
・THE 5th レディース・ファースト 2023 (Full:5min) - YouTube
・JICA EXERCISE (タンザニア・高齢者向け運動促進プログラム)
浅野 寿美子(あさの すみこ)
JICAタンザニア事務所・元所員。現在、JICA本部勤務。
大学卒業後、2005年にJICA入構。青年海外協力隊事務局、人間開発部、ラオス事務所、企画部等を経て現職。有償資金協力・技術協力総括。スポーツセクター及びジェンダーセクターを担当し、2023年7月から2026年3月まで本件を担当。

