今回のコラムでは、海外展開に対する取り組みのポイントと具体的なきっかけづくりについて、ご説明します。
海外進出を図るにあたり、日本の常識では想像もつかない事実があることを、担当者はよく理解しておかなければなりません。「郷に入れば郷に従え」的な現地事情をリスペクトし、日本との違いをよく勉強しておくことが大切です。
そこにビジネスのヒントが隠されていることも多く、外国語会話だけでなく生活習慣や文化教養も身につけておくことが重要です。例えば、英国やフランスでは小中学校に傘を持ってきてはいけないルールがあります。ヒトを傷つける凶器になりえるからです。さらに成人した後も極力傘をささずに過ごそうとされる欧州人は多く、これも外出先のレストランや混雑する電車やバスで他人に迷惑を掛けないという教育が幼少期から育まれているからです。
ですので、傘の代わりをする「ハットや帽子」の需要が多く、また「フード付きジャケット」も人気で、アウトドア企業もこぞって「フード」はマストアイテムと考えています。
部活とスポーツクラブの関係性
今回お話しさせていただく事は「部活」の話です。フランスやドイツの学校は基本的には午前中で授業が終わり、日本のような「部活」はありません。もちろん学年が上がっていくと、週のうち1、2日程度、午後からの授業もありえます。
学校によっては午後から音楽や演劇などのグループもあります。これが日本の「部活」に比較的近いと思います。いずれにせよフランスやドイツの学校の時間割の基本設計は午前中で終わり、課外活動も日本の学校ほどではありません。
ではどこで、スポーツをするのでしょうか。そう、スポーツクラブです。フランスやドイツのスポーツクラブは日本でいうところのNPO(特定非営利活動法人)のような組織です。特に、スポーツの盛んなドイツではその数は全国各地に9万クラブ以上、会員数は約2,800万人を数え、7歳から18歳までの会員はそのうち27%を占めています(2020年、ドイツ・オリンピック連盟公表数値を参考に、著者作成グラフ参照)。
ドイツの人口は約8,000万人ですから、なんと全人口の35%がメンバーなのです。ちなみに令和3年度における日本の高等学校は4,856校、中学校10,079校、小学校19,336校ですので、日本の学校以上にドイツには「スポーツフェライン(総合型地域スポーツクラブ)」が溢れていて、身近であることがお分かりいただけるでしょう。
そこでは、異なる学校、異なる年齢の子供たちが一緒にスポーツを行います。子供たちは学校とは異なる世界にやってくるわけです。言い換えれば学校が唯一の生活基盤ではありません。しかも、そもそもドイツに先輩・後輩といった概念はありません。
スポーツクラブは「社会」そのもの
スポーツクラブでは誰が指導しているのかということにも触れなければなりません。そのほとんどはクラブメンバーのボランティアです。日本でも学校外のスポーツではボランティアが指導をしているケースが多いですが、ドイツではそれが主流なのです。
練習はもちろん平日にもあります。それでもなぜボランティアができるのかといえば、職住近接・短時間労働の傾向が強いためです。また技術指導以外に、試合会場や練習場所の準備など、チームのためのマネジメントの仕事も必要ですが、やはりメンバーがボランティアで行います。
これは実は大人の側から見ても重要な点。日本人の会社勤務ともなれば仕事関係のお付き合いが中心になりやすく、定年してからようやくボランティアなどで「地域デビュー」となります。ところがドイツの場合、スポーツクラブを通じて地域社会で自分とは異なる職業・立場・年齢の人との交流が実現しています。
日本では社会人=仕事をしている人と考える向きがありますが、ドイツでは誰もが社会人であり、スポーツクラブでの人間交際そのものが「社会」なのです。
従いまして、社会構造やライフスタイルを把握する事こそ海外ビジネスの基本であり、スポーツ企業にとっては、ドイツでは学校がターゲットではなく、スポーツクラブが大きな販売ターゲットになります。とかくピラミッドの頂点であるブンデスリーガに目が行きそうですが、底辺にこのような多くのクラブが存在するところに、ユニフォーム需要やスポーツファンが存在することを忘れてはいけません。
ストーリーテリングが重要
次に、海外で注目に値するのは、時流のニーズに乗り一般ユーザーが納得できる商品を提供できる企業です。外せないキーワードとして、地球環境保全に対する「SDGs」「サステナビリティ」を意識した商品であるか否か、負の遺産であるコロナに対する最低限の防御策として「アンチバクテリア」「防臭」など、購入して着用するだけで「ひとりディフェンス」が感じられる商品かどうかというポイントです。機能性の「うんちく」をしっかり説明できるストーリーテリングが大切です。
英国から欧州大陸に「シフト」
かつて米国・カナダといった北米市場のみならず、2015年には、ヨーロッパ市場では約1,000社の日本企業が英国ロンドンに欧州拠点を設けていました。英語がビジネス上では世界公用語だからです。1993年 EU統合を契機に英国から欧州全土をカバーする動きがありました。
その英国が2016年ブレグジットと称し欧州連合から離脱となり、ヨーロッパ大陸との自由貿易が頓挫したのです。英国に拠点を置いていた多くの日本企業は、欧州拠点を大陸のオランダやスイス、ドイツに移転しました。
このようなことから、英国ロンドンさえ押さえておけば、ヨーロッパ中に影響力を及ぼした2015年までと、今のヨーロッパにおいての影響力の流れは変化しています。英語さえ話せれば、欧州全土を網羅できるという考えも軌道修正が必要です。確かに、欧州のビジネスマンはほとんどの方が英語を話します。しかしながら、地域に根付いたビジネスを進めるならば、その土地の言語をマスターする必要性も出てきました。
取り組みスケジュール(案)
仮に今から欧州に向けてアタックしようとする場合、どのようなアプローチ法が適切かを考えてみました。もちろん、商材によって、強みの内容によって、流通によって、それぞれ違ってくるかと思いますが、ヨーロッパにおける影響力の流れを考慮したプランです。上記の時系列取組スケジュール(案)は単なる一例ですが、欧州への展開を検討する際には、一度このような展望を描いてみることも有益です。
◇戸井田 朋之(といだ・ともゆき)
株式会社スポーツシンクタンク 代表取締役社長 CEO
1953年生まれ。元順天堂大学スポーツ健康科学部客員教授。文化服装学院・文化ファッション大学院大学客員講師。2024年パリオリンピック夏季大会国際アドバイザー。パリ在住。
慶應義塾大学卒業後、株式会社デサントに入社。入社3年目でフランスのパリに駐在し、ヨーロッパの主たるリゾートスキー場のスキースクールユニフォームの受注活動を行い、現在の欧州販売網の基礎を作った。1980年からIOC(国際オリンピック委員会)会長となった故サマランチ氏に息子のように可愛がられ、1984年サラエボ・オリンピック開会宣言の場でのデサントウェア着用シーンが世界中に報道され、一気に同社を国際ブランドとデビューさせた牽引者。
今まで計21回、オリンピックの現場で世界のトップアスリートやIOC(国際オリンピック委員会)を支え、並行して英仏語に留まらず多国語マスターの能力を活かしてデサントブランドの国際戦略を先陣。帰国後は、企画部長やSP販促部長を歴任し、取締役就任後は新たに地方自治体との官民コラボレーションにも成功。過疎地指定されている群馬県みなかみ町を復活させ経済産業省から表彰される。
また一方ではDA PUMP、モーニング娘。、加藤あい、優香など新人タレント発掘の傍ら、スポーツ業界のCMに初めて芸能人を起用するなど、業界きっての積極的な「仕掛け屋」。そして再度のヨーロッパへ赴任。パリ、ローザンヌ、ロンドンで駐在後、2017年7月起業独立し、現在は国内外の大学で教鞭をとる傍ら、海外企業・国内企業複数社とコンサルティング契約を結び活動中。JALの機内食「うどんde SKY」の名付け親。
スポーツ産業の国際戦略には、情報力・販売力・物流力・交渉力そして継続的マーケティング力が必要と説き、グローバルな視点に立つモノの見方は、シャープで素晴らしいと評価されている。
※所属・肩書等は2022年10月の執筆当時のものです