ヨーロッパ大都市における政府からのコロナ規制は、一部の都市で公共交通機関を利用するときだけマスク着用を義務化している以外は、すっかりノーマスクとなり、2019年以前に戻りつつある欧州です。
昨年12月、欧州各地で開催された X’mas Marketには多くの方が来訪し、活況を取り戻していました。しかしながら、ロシアのウクライナ侵攻の影響で物価上昇に歯止めがかからず、電気代など軒並み昨年の50%増と市民の財布のひもは緩むどころか、気持ちは晴れやかでも日頃の生活には節約感が継続しているという状態です。
一方で、およそ3年間の自粛生活を強要され海外旅行も自由に行き来できなかった諸外国の富裕層の方々は、ラグジュアリーブランドに貯金を投下し、高級ブランドの決算数値は史上まれにみる好成績を収めています。ただ、このようなリベンジ消費を見間違ってはいけません。コロナ明けの一過性現象ととらえるべきで、需給バランスを常に注意深く見ておくことが大切だと思います。
それでは、2022年11月に、3シーズン(2年10ヶ月)ぶりにリアル展として開催された世界最大規模を誇るスポーツ総合展「ISPO展」を中心に、そのトピックスと今後の取り組み方についてご説明申し上げます。
ISPO2022のトピックス
従来は、スポーツアパレルの年間スケジュールに合わせた年明け1月の下旬に開催されていたISPO展ですが、2022年は一気に2ヶ月前倒しして、11月末に開催されました。2020年には、2,950社だった出展社は、今回はコラボ出典を含めても1,700社、来店バイヤーも4万人に半減しました。
出展社減の要因は、コロナの様子見や中国企業の出展控えもありますが、最大の要因はこの11月開催への時期変更によるものです。元来、バイヤー受注は今季の店頭消化状況を見ながら来季発注数を確定することから、11月は時期尚早との評もあり、大手を含む長年定位置を占めていた常連組が未出展となりました。
一方で、展示全体を通じて「Sustainability」「Future Lab」「Relax」といった機能性と快適性がキーワードとして挙げられます。また、スキーやスノーボードといった冬の代表的スポーツを軸に添えながらも、タウンユースも加味したアウトドア製品が人気を博していました。コロナによる巣籠現象から追い風を受ける自分健康管理スポーツ、フィットネス市場も息を吹き返しています。また、東レ、帝人、旭化成、YKK、グローブライド、デサント、島田商事、アイリス、SHINDOなど、日本企業も多数出展していました。
今回のISPO展の特徴をまとめますと、
- アウトドアブランド・フィットネスブランドの盛況
- 単一専門ブランドの総合化
- 機能性追求と快適性リカバリー
- サステナビリティを意識したリサイクル素材使用
- 2023/24 F/Wコレクションはコロナ明けを意識した明るいカラートーンが主流
- 小売店バイヤーの発注はシューズのみ
- アパレル分野は今まで同様に2月発注
このような特徴だったと思います。
今後の展示会のトレンドはサーキュラーエコノミー
1月にはいり、伊フィレンツェで開催された「PITTI Uomo展」や、今後2月に開催予定の世界一の素材展「Premiere Vision展」、そして欧州のラグジュアリー各ブランドが提案するパリコレ・ロンドンコレクション・ミラノコレクションでもデザインの基本となる考え方は「サーキュラーエコノミー」です。
サーキュラーエコノミー(循環型経済または循環経済)は、大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とし、気候危機や生物多様性の喪失など様々な負の外部性をもたらす「Take(資源を採掘して)」「Make(作って)」「Waste(捨てる)」という今までのリニア(直線)型の経済システムに代わる新たなシステムです。また、「Market IN = Pull Marketing」という消費者ニーズを汲みとり、売れ残り在庫を減らそうという考え方から、さらに一歩進んだ将来型発想です。
サーキュラーエコノミーでは、廃棄物や汚染など負の外部性が発生しない製品・サービスの設計を行い、経済システムに投入した原材料や製品はその価値をできる限り高く保ったまま循環させ続けることで自然を再生し、人々のウェルビーイングや環境負荷と経済成長をデカップリング(分離)することを目指しています。
従来の3R(Reduce:減らす・Reuse:再利用する・Recycle:リサイクルする)の考え方をベースに、廃棄物の一部を再資源化することを目指していた考えをさらに発展させて、サーキュラーエコノミーでは、そもそもの原材料調達や製品・サービス設計の段階から資源の回収や再利用を前提としており、廃棄物の概念は存在しないのが特徴です。
なぜサーキュラーエコノミーが必要なのでしょうか。それは、現在のリニアエコノミーは環境・社会の両面から考えて持続可能な経済モデルではないことが明らかになってきているためです。国連によりますと、2050年には世界人口は98億人になると推計されています。また、OECDの調査によれば、2060年までに一人あたり所得平均が現在のOECD諸国の水準である4万米ドルに近づき、世界全体の資源利用量は約2倍(167ギガトン)に増加すると推計されています。
人口も増え、一人あたりの豊かさも増えれば、当然ながらその生活を維持するために必要な資源の量も増加します。一方で、その資源を生み出している地球は一つしかありません。WWFによると、現在の人類全体の生活を支えるには地球1.5個が必要だと言われています。
また、大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とする現在の経済システムは気候危機や資源枯渇、生物多様性の喪失、プラスチック汚染、貧困、格差など様々な負の外部性を多くもたらしています。これらの状況を解決し、全ての人々がプラネタリーバウンダリー(地球の環境容量)の範囲内で、社会的公正を担保しながら繁栄していくための仕組みとして、サーキュラーエコノミーの考え方が注目されているのです。
結びに、「サステナブル・ライフスタイル意識調査2022」(電通総研)によりますと、日本において「サステナビリティ」という言葉から連想するキーワードのうち、1位が「地球環境」(51.8%)、2位が「循環型社会・サーキュラーエコノミー」(29.8%)となっており、日本市場においても「サーキュラーエコノミー」という言葉に対して一定の認知度があることが分かります。
ひと言で「サーキュラーエコノミー」に変換していくと言っても、時間と労力となによりも人の理解が必要です。そして、1社で完結しようとせず、複数社もしくは業界全体で取り組んでいく姿勢が必要だと思います。
地球に優しく、環境に優しく、産み出す前から再利用、再活用のすべを考えて初めからデザインする。そのような発想に切り替えて行きましょう。
注:コラム内の写真は全て執筆者本人が特別に許可を得て撮影を行っております
◇戸井田 朋之(といだ・ともゆき)
株式会社スポーツシンクタンク 代表取締役社長 CEO
1953年生まれ。元順天堂大学スポーツ健康科学部客員教授。文化服装学院・文化ファッション大学院大学客員講師。2024年パリオリンピック夏季大会国際アドバイザー。パリ在住。
慶應義塾大学卒業後、株式会社デサントに入社。入社3年目でフランスのパリに駐在し、ヨーロッパの主たるリゾートスキー場のスキースクールユニフォームの受注活動を行い、現在の欧州販売網の基礎を作った。1980年からIOC(国際オリンピック委員会)会長となった故サマランチ氏に息子のように可愛がられ、1984年サラエボ・オリンピック開会宣言の場でのデサントウェア着用シーンが世界中に報道され、一気に同社を国際ブランドとデビューさせた牽引者。
今まで計21回、オリンピックの現場で世界のトップアスリートやIOC(国際オリンピック委員会)を支え、並行して英仏語に留まらず多国語マスターの能力を活かしてデサントブランドの国際戦略を先陣。帰国後は、企画部長やSP販促部長を歴任し、取締役就任後は新たに地方自治体との官民コラボレーションにも成功。過疎地指定されている群馬県みなかみ町を復活させ経済産業省から表彰される。
また一方ではDA PUMP、モーニング娘。、加藤あい、優香など新人タレント発掘の傍ら、スポーツ業界のCMに初めて芸能人を起用するなど、業界きっての積極的な「仕掛け屋」。そして再度のヨーロッパへ赴任。パリ、ローザンヌ、ロンドンで駐在後、2017年7月起業独立し、現在は国内外の大学で教鞭をとる傍ら、海外企業・国内企業複数社とコンサルティング契約を結び活動中。JALの機内食「うどんde SKY」の名付け親。
スポーツ産業の国際戦略には、情報力・販売力・物流力・交渉力そして継続的マーケティング力が必要と説き、グローバルな視点に立つモノの見方は、シャープで素晴らしいと評価されている。
※所属・肩書等は2023年2月の執筆当時のものです