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テニスを「フラッグシップ」に!複合企業のダンロップ・グローバルブランディング(住友ゴム工業 鈴掛彰悟)

2023.03.02

写真提供=住友ゴム工業

2017年、住友ゴム工業はダンロップブランドのスポーツ事業における製造販売権を、元々保有していた日本、韓国、台湾以外の地域で権利を持っていた英スポーツダイレクト社より買収、全世界に拡大した。主な目的はテニス事業の発展と、これをフラッグシップとして社の主力事業であるダンロップタイヤ事業の底上げを図ることであった。

タイヤ事業を営む複合企業としてはプロスポーツ会場の看板などに投資するところは多く見られるが、実際にスポーツ事業を営むところは珍しいため、これを差別化要素として活用するのである。この狙いは翌2018年、テニスのグランドスラム(4大大会)の一つである全豪オープンへのオフィシャルボール提供を含むパートナーシップ契約を皮切りに一気に加速されていく。

ここでは、この5年間のブランディング活動、パートナーシップ活動の軌跡について触れていく。このコラムを読んで下さる方とご担当される企業、事業の海外市場展開に少しでも気付きやきっかけをご提供できるのであればありがたい。

最も効果を発揮するスポーツ・テニスを投資対象に

ところで皆さんは世界で最も人気があるスポーツは何かご存じだろうか。記憶にも新しいところで言うと日本代表がワールドカップでドイツやスペインといった大国を撃破してベスト16まで駒を進めたサッカーは言わずもがな(視聴者数35億人超)だが、次点でクリケット(同25億人超)、ホッケー(同20億人超)と来て、その次にテニス(同10億人超)と続くとされている。世界の人口が約80億人であると置くとどのスポーツもかなりの数のファン層を抱えていると言える。(参考:WorldAtlas)

さらに、それぞれのスポーツの特徴を見てみよう。サッカーは非常に発達しており多くの国にプロリーグが存在し、世界的なチーム、人気選手などがいるチームスポーツである。一方でクリケット、ホッケーといったスポーツは所謂コモンウェルス、旧イギリス領を中心とした国々で盛んに行われているチームスポーツだ。

テニスはというと、男子ではATP、女子ではWTAという世界中を回るプロツアーを中心とした、世界中で行われている個人スポーツである。また、2023年のATPツアーを例にとって言うと、トップのカテゴリーであるグランドスラム(4大会)から、ATPファイナル、NextGen ATPファイナル、マスターズ(9大会)、ATP500、ATP250までを含めると欧州の大会がおよそ50%、北中南米で25%、アジア太平洋で20%程度となっている。

その興行範囲は世界レベルで広がっている。そしてブランドを背負う選手たちがツアーで世界を転戦することからも、グローバルレベルでの発展を望むダンロップブランドにとって、テニスを通したブランディングは非常に効果的たり得たのである。

Win-Win-Win、三方よしの関係を

全豪オープンではブランドのフォトブースも展開。写真提供=住友ゴム工業

大会の提供するインフラ(ボールを含む)やサービスのクオリティに対する参加選手からの信頼を向上しつつ、日本を含むアジア太平洋地域でのファン層拡大を狙う全豪オープンと、海外ダンロップ買収によりテニス事業を推し進め、これをテコにタイヤ事業を拡大する目的を持つダンロップブランドの利害は一致し、パートナーシップの源泉となった。

そしてこれ以降、双方のブランドイメージ向上と次世代を担う若年層のテニスファン拡大を進めることで、プロアマを問わず一般プレーヤーまでを含めた「Win-Win-Win」の三方よしの関係を構築していくことになる。

過去の歴史から紐解いていくと、全豪オープンはグランドスラムの中でも最後発の大会であり、他の全仏、全英、全米オープンと比べると地理的にも選手の主戦場である欧米から離れている。また、大会の開催されるタイミングもプロ選手からするとオフシーズン、クリスマス・年末年始休暇を挟んだ1月であることからも、かつては他3大会には出場するが全豪はスキップするという選手も珍しくなかった。

この状況を打開してきたのが、「選手や来場するファンへの考え方」である。選手がベストパフォーマンスを発揮できる環境(高品質のボールやサーフェスを含むインフラ面、サービス面)を提供する、それにより最重要コンテンツである試合が盛り上がる。ファンには素晴らしい試合に加えて、コアファン以外も楽しめるエンターテインメントを提供する。

数十年に渡り継続的に行ってきた数々の施策により、現在では4大大会の一角としての地位を確固たるものとし、「Happy Slam」「Grand Slam of Asia Pacific」などとも呼ばれる存在となっているのである。現在では4大大会の中でも最も観客動員数の多い大会となり、2023年は本戦の行われる2週間で約84万人の新記録を樹立した。

テニスボール約8000個を使ったフォトスポットは「SNS映え」を意識。写真提供=住友ゴム工業

パートナーシップ活動の具体例

ここでは、上記を踏まえた全豪オープンテニスとのパートナーシップ活動の具体例をいくつか紹介させて頂くこととする。

①ボールの品質

テニスボールはプレーヤーのパフォーマンスを左右する、大会にとって重要なインフラともいえる。多くの大会を支えてきたボールメーカーとして、自らの強みであるボールの品質が選手や大会から評価されることは最重要ポイントである。十分に高い品質のボールを従来通り提供できることを説明し、安定的に提供できることをコミットするなど継続的に取り組んだ。

②ボールへの慣れ

いかに高品質のボールであるといっても、これまで使っていたボールと異なることは繊細な感覚を持つトッププロたちにとっては壁ともなり得た。これを打開し、むしろ強みとするために行ったことが、オフシーズンの練習用ボール提供プログラムである。選手はオフシーズンには世界中に散らばるわけだが、当社の各市場に拠点を持つサプライチェーン部隊と連携し、選手へのボール提供を実施した。それにより選手が全豪オープンに備えてボールに慣れ、自らの能力を最大限に発揮できるレベルにまで準備して大会に臨むことを可能とした。自らの強みを活かしたプラスアルファのかゆいところに手が届くサービス提供である。

③ジュニア育成

アジア太平洋地域のジュニアの成長は、将来のテニス界、テニス事業の発展に中長期でつながる重要な課題だ。しかし選手が腕を磨く大会の数は、ライバルとなるトップジュニアの数とともに欧米と比べ少ないという事実がある。トップ選手に欧米出身が多いのも、先に示した大会数や選手の数に大きな関係がある。特に欧州では地続きの国々で開催される大会を比較的安価に回ることができる、より高いレベルの選手たちと頻繁に切磋琢磨できる環境があることでレベルも高まるというからくりだ。

そこでダンロップは、全豪オープンジュニアの主催者推薦枠を争う大会として、アジア太平洋諸国のトップジュニアを集める「Road to the Australian Open Junior Series」を関係各所と協力体制を敷き開催している。異国、異文化のトップジュニアが集い、競い合い、さらに高みを目指すきっかけを与えることで、テニス界の将来に貢献してきている。

「Road to the Australian Open Junior Series」勝者への特別イベントの様子。写真提供=住友ゴム工業

このように様々な試みを継続的に行ってきた結果、全豪オープンとのパートナーシップがスタートした2018年時点で20%弱に留まっていたATPツアー(男子プロテニスツアー)の大会におけるダンロップのオフィシャルボール採用率は、 2019年には30%を超えてNo.1のシェアに。そして2021年以降は40%を超える大会をサポートしてきている。

この実績に示される大会、選手、協会からの信頼は、東京五輪でもオフィシャルボール採用につながった。世界で最も大きなスポーツの祭典を通して日本の社会を盛り上げる、スポーツへの関心を高めるといったことに一役買うことができたことは、ブランドとしても大きな誇りとなっている。

ウルトラCは要らない

全豪オープンの会場各所でブランドエクスペリエンスを提供。終日大盛況となった。写真提供=住友ゴム工業

このコラムを読まれている方々の中には、新規事業の立ち上げ、開発、海外への事業展開といったことを進めた際に、業界内や社内において日本の文化ならではの、自らを過小評価する面、そして大きな変化を好まない性質、特に新しい物事に取り組む際の抵抗感などの壁を感じられたことがある方もいるかもしれない。

しかし一方で、多くの日本企業が世界に誇る品質と信頼を築き上げてきたのにも、ここに裏返しの理由がある。地道で実直、安定的、小さな一歩の積み重ねと継続性・・・長らくこの流れの中にいるとなかなか気づくことができないかもしれないが、昭和の親父(あくまで筆者のイメージだが)のような頑固さが、世界に認められる商品やサービスのクオリティを生み出してきている場合もあるのである。

自社の強みというのは、ややもすると自らは認識していないことかもしれないが、交渉相手とのコミュニケーションの中で気付かされることもある。つまり最初から誰にでもわかりやすいようなふた昔ほど前の表現でいう(というのは言い訳だが)ウルトラC的な明確な強みは要らないのである。月並みなことだが、先ずは見てみて、触れて感じてみること。興味を持った相手にアプローチしてみることから始めること。そして反省点は次に活かす、の精神で臨むことが大切なのだろう。

2022年、最初の契約から4年強を経てこれまでのパートナーシップ活動の総括をTennis Australia(全豪テニス協会)と共に行い、見直しを行った。そして2023年1月15日、Tennis Australiaと住友ゴム工業は全豪オープン開催前日に契約を更改。これまでの5年間を引き継ぎ、スポーツ界、テニス界、テニス事業のさらなる発展を見据えた新たな船出に乗り出す。

◇鈴掛 彰悟(すずかけ・しょうご)

住友ゴム工業株式会社スポーツ事業本部テニスビジネス部 グローバルマーケティング&プロツアーグループ統括

慶応義塾大学商学部、EM LYON経営大学院MBA修了。大学卒業後大手外資系IT企業を経てフランスはリヨンにてアジア・日本文化への認知・理解を高めるべくマルシェ(屋外マーケット)や各種イベントへの出店、アトリエ活動などを運営。その後1875年設立の仏系テニスブランド バボラにて約150年の歴史の中で初の日本人として日本市場を担当。2018年以降海外ダンロップを買収しテニスを通じたブランド価値向上と海外ビジネス拡大を目指す住友ゴム工業にて現職。


※所属・肩書等は2023年2月の執筆当時のものです

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