JSPIN

スポーツ庁

グローバル市場での価値共創:モルテンとFIBAの長期にわたるパートナーシップから学ぶ国際ビジネス戦略【前編】(Beside Japan Ltd 林 鉄朗)

2024.06.20

世界のバスケットボールを統括する国際組織であるFIBAとグローバルパートナー契約を締結する株式会社モルテン。世界的なスポーツ用品メーカーである企業がなぜ国際的なスポーツパートナーシップを推進するのか。2022年に40周年を迎えた世界有数の長寿パートナーシップの秘訣は何なのか。筆者が、株式会社モルテンのマーケティング統括部ブランドマーケティンググループ リーダーの長谷川乃亜氏に伺った。(文=林鉄朗、編集=石原 龍太郎)

モルテンにおけるスポーツのパートナーシップの位置付けについて

モルテンでは、パートナーシップを通じた「ビジネスインパクト」と「社会的な価値」の大きく2つの軸で考えています。

ひとつめの「ビジネスインパクト」は、国際競技連盟(以下IF)や各国中央競技団体(以下NF)などとの契約を通じて、モルテン製品の売り上げをいかに伸ばしていくのか。例えば、IFとの契約はワールドカップなどの世界大会やヨーロッパなどの大陸大会へ参加する国々に対して、モルテンのボールを使っていただくことにつながります。また、IFとの契約は各国のNFやリーグとの契約に有効に働くケースも多く、トップレベルからグラスルーツまでモルテンのスポーツ用品が使われるサイクルが生まれてきます。

また、FIBAのようなIFは、グローバルなガバナンスも魅力です。各国連盟の発展に戦略的な優先順位を置き、欧州やアジアなどの各大陸を統括しているので、各大陸大会における販売やプロモーション、またスポーツ・社会的な側面としてモルテンとして何か一緒に取り組みをしようと言ったときに、FIBA、大陸連盟、各国連盟、そして大会組織委員会と連携した動きを取りやすい。そのため、活動の浸透や、当社の販売ネットワークの強みを生かすことができます。

2つ目の「社会的な価値」については、社会に対して必要とされるソーシャルなブランドになっていきたいという考えが根底にあります。選手やチームが競い合うことで生まれる心に残るシーン、スポーツマンシップの瞬間など、スポーツによって多くの人が勇気づけられます。その場にブランドが立ち会うことの価値は大きいと考えています。これだけではなく、環境問題やさまざまな理由によって生じるスポーツに触れる機会の減少など、モルテンがスポーツ界や社会の課題に対してどのように貢献できるかを考えています。

FIBAをはじめとしたIFとの関係は、パートナーシップによって与えられる権利に対して対価を支払う、といった価値のバランスをとるような関係ではなく、それぞれのアセットをどう活かし、お互いの価値を高めることができるかといった掛け算の関係になってきていると感じています。そういった関係の中で忌憚ない議論ができることがパートナーシップとしてのあるべき姿ではないかとも感じています。直接FIBAとやり取りができるからこそ、伝えたいことを透明性高くスピード感を持って提案ができるので、お互い納得して実行できるのだと思います。

FIBAとのパートナーシップのきっかけ

当初はグローバルに大きく展開したい、日本以外の多くの国・地域でモルテン製品を使ってもらいたいと考えFIBAにアプローチしたと聞いています。男子は1982年にコロンビアで開催されたバスケットボール世界選手権、女子は1986年にソビエト連邦で開催された女子世界選手権(FIBA World Championship for Women)で初めてモルテンが公式試合球に使用されました。

FIBAとのSigning ceremony

40年にわたる長期のパートナーシップを通じて、製品であるバスケットボール自体が大きく進化してきました。FIBAとは常にボール自体の機能・性能向上を二人三脚で行い、プレイヤーや各国バスケットボール協会等の利害関係者も巻き込みながら製品を進化させ、規格変更にも関わってきました。製品そのものを通じて、より多くの人にボールを使っていただきたいという当社の狙いと、競技力向上を通じてバスケットボールの価値を向上したいというFIBAの狙いが同じベクトルを向いてきた歴史と言えます。

FIBAがモルテンを評価しているポイントは、大きく3つあると思います。1つ目は、やはりプロダクトの品質です。先述の通り、FIBAと共に品質向上を進めていますので、評価につながっている点かと思います。

2つ目は、デリバリー。これはどの競技団体さんからも評価されているポイントですね。例えば、調整が難しい商品出荷の困難国に確実に物が届くことに対する評価は高いです。あとは大会や普及活動などで急に物が必要になった場合の(対応の)アジリティなど。あまり目立たない部分かもしれないですが、国内・海外に関わらず競技運営の面で一番大事な部分だと考えています。

最後3つ目は、「アクティベーション」と呼ばれるワールドカップや大陸大会におけるブランドの活動です。例えば直近の、FIBAバスケットボールワールドカップ2023ではファンが試合前に訪れるイベントゾーンへmolten B+ゲームユニットと呼ばれる移動式のバスケットボールコートを設置することによって、ファンや子どもたちがバスケットボールに触れる機会をつくりました。また、試合会場のアリーナ内では無料フェイスペイントを行い、会場には長い列ができ非常に盛り上がりました。

こちらもマーケティング権利としてベーシックなブランド訴求活動となりますが、ここでもFIBA、NF、組織委員会、そして当社営業・マーケティングの連携による高いクオリティが期待されています。アクティベーションは、FIBAに「Exceptional(並外れた成果)」だったと高い評価をいただいています。

FIBAの戦略軸に合わせた活動を作り出すこと

FIBAには「バスケットボールファミリーの拡大(普及)」、「NFのエンパワーメント」、「Women’s in Basketball」という3つの戦略軸があります。それぞれにおいてモルテンに期待されていることは、「バスケットボールファミリーの拡大(普及)」では大会における露出や、普及活動。2つ目の「NFのエンパワーメント」に関しては、FIBAやグローバルに広がる当社の販売ネットワークとともに世界各国のNFとの関係性を深めながら、共にバスケットボールを発展に貢献していくこと。3つ目の「Women’s in Basketball」は、その名の通り女性のバスケットボール人口の拡大です。

「Women’s in Basketball」では先述のアクティベーションとは異なる形で、「KeepPlaying」という活動などを通じて、選手だけでなくコーチ・レフリーといったバスケットボールを支える・関わる人たちが長くバスケットボールを楽しめる環境の実現に向けFIBAと共に活動をしています。

長谷川さんとFIBA担当者の現場での活動

モルテンにおけるパートナーシップの評価については、ビジネスの持続可能性に尽きると考えます。契約金や、スポーツ用品の提供に対し、当社として売り上げ・利益の創出ができているかを常に求められています。特に私が所属するブランドマーケティンググループはコストセンターですから、投資に対して我々が成長を描けるかに尽きます。経済性が合わなければ(パートナーシップを)やりたくてもやれない。まずそれありきです。

非財務の領域の評価についても重要だと考えています。先ほどお話しした 「Women’s in basketball」の活動も非常に効いていると実感しています。「社会課題の解決」といった大きな言葉を掲げるのではなく、大会でのレガシー活動など特定地域に対する活動としてモルテンとFIBAのアセットの掛け合わせでできることを確実に行動に移していく。そんな地道な活動の積み上げはFIBAから評価されている点だと感じています。

長谷川 乃亜氏(はせがわ・のあ)

株式会社モルテン マーケティング統括部 ブランドマーケティンググループリーダー。モルテンにおけるブランド戦略、競技団体と協業した活動や商品のプロモーションなどコミュニケーション全体を統括。幼少からサッカーを始め、メキシコ、ドイツでプレー。日本・英国・米国でのマーケティング、ブランドマネジメントの経験を経て、2021年より株式会社モルテン入社。シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス Chicago Management Institute修了。

林 鉄朗(はやし・てつろう)

Beside Japan Ltd, Marketing Director。ロンドンと東京を拠点としたスポーツビジネスコンサルタント。欧州と日本のハブとなり、スポーツを基軸としたイノベーション創出支援・マーケティング支援などを行う。ロンドン芸術大学 Central St. Martins イノベーション経営修士課程修了(MA)。SKYLIGHT Sports Global Advisor。JSPINアドバイザー。

編集:石原 龍太郎(株式会社BIOTOPE Editor / 一般社団法人Culturepreneur Collective 代表理事)

※所属・肩書等は2024年6月の執筆当時のものです

▽ISPO2024ジャパンエリア出展企業募集中
『ISPO Munich 2024』ジャパンエリア出展の申込開始 - JSPIN (mext.go.jp)

コラム

コラム一覧

先行事例

先行事例一覧

お問い合わせ

JSPINの取り組みについてもっと詳しくお知りになりたい方は
以下からお問い合わせください。