
コラムの前編では、フォーミュラEのサステナビリティに対する考え方や東京ミッドタウン日比谷 サステナビリティ・ウィークエンドにおける共創の背景などについて紹介した。
サステナビリティを語る2社の挑戦―社会に語りかける企業のストーリー

2025年5月9日・10日「東京ミッドタウン日比谷 サステナビリティ・ウィークエンド powered by NAGASE」では、フォーミュラEを起点に、異なる事業領域で活動する長瀬産業と三井不動産が、サステナビリティを社会に伝えるための新しい共創の形を生み出した。それぞれの背景と狙いを紹介する。
長瀬産業の挑戦―「Delivering next.」を体現する場として
長瀬産業は、化学系専門商社として「Delivering next.」をスローガンに掲げ、環境をはじめとする社会課題の解決に取り組んでいる。同社がアンドレッティ・フォーミュラEチームを協賛している背景には、以下の狙いがある。
1.EVの普及に資する技術開発との親和性
化学品・素材を扱う企業として、EV技術の発展に貢献する立場から参画
2.地球規模の脱炭素に向けた具体的行動の可視化
企業の環境への取り組みを社会に示す
3.グローバルなブランドプレゼンスの向上
グローバル企業として、レースというダイナミックな舞台で存在感を高める
また同社は、健常者と障がい者、年齢や性別、国籍の垣根を越えたインクルーシブな陸上競技大会「NAGASEカップ」の協賛も行うなど、スポーツを通じた共生社会の推進にも取り組んでいる。
三井不動産の役割―都市と自然の共生を体現する場の提供
一方で三井不動産は、都市開発における自然との共生や文化の創造を重視してきた立場から、この取り組みに共感し、場の提供と共創の企画を担った。東京ミッドタウン日比谷は、森づくりや木材活用といった環境配慮型の開発と、日本文化の発信を同時に実現する都市空間だ。
企業としての直接的な「アクティベーション」ではなく、“共創の場づくり”を通じた間接的な価値創出こそが、三井不動産の果たした役割である。
同社もまた、パラスポーツを支える活動を通じて、都市と人の多様性を尊重した社会づくりに取り組んでいる。
異なる業種・視点を持つ両社が手を携えた理由は、「社会課題の解決と事業成長を両立させながら、グローバルに発信する」という共通の価値観を共有していたからに他ならない。個々の企業活動を超え、連携することで初めて発信できるストーリーがある―その認識が、今回の共創を後押しした。
この取り組みは、2社にとって単なるイベントや広告ではなく、企業の姿勢そのものを可視化する“メッセージの共演”でもある。フォーミュラEという国際的な文脈の中で、それぞれの企業が何を大切にし、どのように未来を描いているのかを社会に伝える試みであり、これからの企業ブランディングの新しい形を示していると言えるだろう。
シンポジウムから見えた企業と社会の新たな対話 “語りの場”としての意義

今回のシンポジウムが象徴的だったのは、企業の取り組みを一方的に発信する「説明の場」ではなく、社会と対話し、価値を共に問い直す「語りの場」として機能していた点である。シンポジウムの様子からみてみたい。
気候変動の最前線から―荻田泰永氏の証言
冒険家・荻田泰永氏は、北極圏・グリーンランドからオンラインで登壇し、気候変動の最前線を探検する中で体感した危機感と、それにどう向き合うべきかを率直に語った。氷河の後退、生活環境の変化はすでに現実として進行しており、世界全体の気候アジェンダが、実は一人ひとりの意識と行動に深く関わっていることを改めて示唆した。
荻田氏は、企業のサステナビリティ活動も、現地で変化を目の当たりにする立場から見れば、単なるCSRではなく「今、行動する意志」として強く意味を持つと語った。
クロストーク―スポーツを通じた社会変革の可能性
続くクロストークでは、フォーミュラEのサステナビリティ責任者であるJulia Pallé氏、長瀬産業の経営企画部サステナビリティ推進室の室統括である増井祐介氏、三井不動産広報部のブランド・マネジメントチームでスポーツ・エンターテインメント領域を管轄する栗田智仁氏が登壇。スポーツやモータースポーツが単なる競技を超えて、社会に変革をもたらす「プラットフォーム」であることを強調した。
フォーミュラEでは、電動化を通じた環境技術の革新のみならず、障がい者支援や若者の教育支援など、包摂的な社会の実現に向けた多様なプログラムを展開している。実際、フォーミュラE東京大会では、フォーミュラEの社会的インパクト戦略の中核をなす取り組みである「Better Futures Fund」を通じて東京都社会福祉協議会へ2万5,000ユーロを寄付するなど、地域社会への貢献も行っている。
長瀬産業も、「NAGASEカップ」の協賛も行い、スポーツを通じた共生社会の推進を行っている。一方の三井不動産も、パラスポーツを支える活動を通じて、都市と人の多様性を尊重した社会づくりに取り組んでいる。こうした企業の実践が、フォーミュラEのようなグローバルな文脈の中で交差することで、単なる製品や広告ではなく、企業の“意志”が伝わるメッセージとして社会に届く。
本シンポジウムは、こうした意志とビジョンを「語る」ことで共感を生み出し、それぞれの立場を超えて社会課題を共有する場となった。これは、対話を起点とする“ナラティブ型ブランディング”の実践であり、企業と社会の関係性が「取引」から「共感と協働」へと移り変わる象徴的な試みだ。
今、ビジネスとサステナビリティの関係性は大きく変わろうとしている。「どんな製品やサービスをつくるか」だけでなく、「どんな社会に貢献したいのか」という企業の姿勢が問われる時代に、こうしたシンポジウムは、その対話をリードする価値ある場になった。
日本企業のグローバルプレゼンス向上への示唆
今回の取り組みから、日本企業がグローバルプレゼンス(世界的な存在感)を高めるために重要と思われる示唆を整理する。
1. 国際的プラットフォームの戦略的活用
フォーミュラEのような国際的に評価されているプラットフォームを活用することで、日本企業の取り組みを世界に発信する効果的な機会となる。特に環境技術や持続可能性の分野では、日本企業の強みを活かせる場が増えている。
2. 異業種連携による新たな価値創出
長瀬産業と三井不動産の連携のように、異なる領域の企業が共通の価値観のもとで協働することで、単独では実現できない規模とインパクトのある取り組みが可能になる。特に国際展開においては、複数企業の強みを組み合わせた「日本発の共創モデル」が差別化要因となり得る。
3. ストーリーテリングの重要性
製品やサービスの優位性だけでなく、企業の価値観や社会課題への向き合い方を「物語」として伝えることの重要性が高まっている。今回のシンポジウムのように、対話を通じて企業の姿勢を伝える場づくりは、グローバルコミュニケーションの新たなアプローチとして注目される。
4. 実践と発信の両立
サステナビリティへの取り組みは「実践」と「発信」の両輪で進める必要がある。日本企業は実践面では優れた取り組みを行っていても、国際的な文脈での発信が弱いケースが多い。今回のように国際的なプラットフォームを活用した発信は、日本企業の存在感を高める上で重要な意味を持つ。
おわりに
フォーミュラE東京開催2年目を迎えた2025年、長瀬産業と三井不動産による「東京ミッドタウン日比谷 サステナビリティ・ウィークエンド」は、日本企業がサステナビリティという共通言語のもとで、自らの強みと意志をグローバルに伝える新たなモデルを示した。
単なるスポンサーシップやイベント開催を超え、企業が社会課題に向き合い、その姿勢や価値観を社会に発信する。そして異なる企業が連携することで、より大きなインパクトを生み出す。このアプローチは、日本企業のグローバルプレゼンスを高める上で、重要な示唆を与えている。
スポーツは社会を動かすプラットフォームであり、フォーミュラEのような国際的なスポーツイベントを通じた実践は、日本企業の国際展開を支援する上で大きな意義を持つ。今後も、こうした取り組みが日本のスポーツ産業の国際展開と、企業のグローバルプレゼンス向上に貢献することを期待したい。


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