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【後編】日本発のスポーツテック、日本のものづくりの力で北米・MLB市場に挑む(RUN.EDGE小口淳)

2023.03.09

PITCHBASEは現在MLBチームの半数近くが使う。ワシントン・ナショナルズは最近導入したチームのひとつ。写真提供=RUN.EDGE

前編では野球向けの映像分析アプリケーション「PITACHBASE」が、どのような思想のもと生まれ、「一球映像」の検索と再生という強みを持つに至ったかを紹介した。「世界一のプロダクト」を掲げるPITCHBASEは、その後、野球の本場であるMLB球団への導入を目指していくこととなる。

MLBへの挑戦

プロ野球の2016年シーズン開始と同時にPITCHBASEをローンチすると、いくつかの球団が導入をしてくれた。実際に使われ始めると、シリアスなフィードバックが球団から大量に寄せられた。それらのフィードバックを一つ一つ噛み砕き、アジャイル開発で実装していくことにより、PITCHBASEに国内球団の魂が加わり、より実践的なプロダクトへと成長していった。

国内球団でのオペレーションが回り出したことを確信した時、自分達のものづくりの力と国内球団の経験やノウハウを掛け合わせたPITCHBASEでMLBに挑戦してみたい、という想いが強くなった。

ただ、「野球は米国が世界で最も進んでいる」という強烈な自負を持っているMLB球団にとって、日本のスポーツ分析ソフトウェアは興味の対象では全くなかった。メール等で連絡してもミーティングの時間をくれる球団は一つもなかった。そこで、プロジェクト開始当初から、PITCHBASEの技術や開発チームに理解と共感をしてくれていた野球関係者の方が、MLB球団への紹介の機会を作ってくれた。

ものづくりの力と国内での経験やから、遂にMLBに挑戦へ

2016年の8月、ニューヨークにあるMLB球団とのミーティングが設定された。球場内の事務所で行われたミーティングには、体の大きなスタッフが10名ほど集まっていた。会議室に入ると、「14時間も飛行機に乗ってき来たのか。大変だったな」程度のやりとりと自己紹介があって、すぐにプレゼンテーションを始めることになった。

説明が始まっても、全員がただ無言で、明らかに興味が無さそうだった。パワーポイントを映して、「PITCHBASEの一番の特徴はとっても再生が速いところです」と言っても、何の反応もなく、日本の会社が持ってきた分析アプリケーションに、誰も1ミリも期待をしていないことは明らかだった。

気まずい空気が流れていたので、手っ取り早く資料の説明を終わらせてデモに入ることにした。デモでは、いつも通り、投球シーンを検索し、次々に一球ずつ再生してみせた。そこではじめてリアクションを感じた。声は聞こえなかったが、確かにデモに反応していた。

それから、2つの投球シーンを並べたり重ねたりして比較分析をする機能のデモを見せた。その時点で「なぜ動画の再生がこんなに速いんだ?」と、その中にいた球団のIT責任者が、それまでの固い表情を崩して質問してきた。それから、PITCHBASEを隅々までデモすると、一つひとつの機能に対して彼らの質問をしてきた。一通りこちらの説明が終わると、今度は頼んでもいないのに彼らが今使っているシステムの説明が始まり、そして「お前らが作ったやつの方がいい」と冗談ぽく言ってくれた。

ミーティングは1時間の予定だったが、終わった時には2時間を超えていた。会議が終わる際に、「ちょっと試させてくれないか」と言われたので、彼らにデモバージョンを渡してその日は終えた。

それから10日程度が経ち、いくつかのMLB球団にPITCHBASEを紹介して帰国した直後、日本時間の22時を超えた頃に、突然、先述のミーティングに参加していたIT責任者からメールが来た。メールには「Skypeできるか」とだけ書かれていた。メールを返すと、すぐにSkype(ビデオ通話)のコールが来た。

Skypeのコールが繋がり、最低限の挨拶が終わると「We want to purchase. (購入したい)」と、ゆっくりとした言い方で、彼が言った。彼は、渡したデモバージョンを触ってみて、それだけで導入を決心した、と教えてくれた。ニューヨークでの微妙なプレゼンテーションの後は、一言もPITCHBASEについて彼らと話していなかった。ただプロダクトに触れただけでプロダクトの魂が彼らに伝わった、そのことは我々の大きな自信になった。

日本の「ものづくり」で新しい文化をつくる

写真提供=RUN.EDGE

現在、国内では8割以上のプロ野球球団がPITCHBASEを利用している。また、MLBでも、新型コロナウィルスの影響でこの2年間は導入を進めることができなかったが、現在は約3割の球団がすでに契約をし、トライアル導入をしている球団を合わせると半分近くの球団がPITCHBASEを使っている。

2023年シーズンからはアジアでの展開も開始し、韓国リーグの球団への導入、台湾のプロチームへのトライアルも始まっている。

日本は、デジタルの領域ではグローバルで見るとあまり存在感がないが、私はものづくりに関して、デジタルの領域であっても、日本はどんな国にも負けないと考えている。世界には、最先端の高度な技術があったり、とてもレベルの高いスキルを持った技術者がいたりするが、プロダクトをチームで誠実にちゃんと仕上げていく、磨きをかけていく、という点について日本にかなう国はないと思っている。

RUN.EDGEは、日本のプロ野球球団と共にものづくりをし、野球に携わる方々の想いと経験を尊重しつつ、自分たちの技術者としての意思を存分に詰め込んだPITCHBASEでMLBに挑戦してきた。今、MLBの球団から確実に評価されている実感があるし、また私としても、米国を拠点にしているどの競合企業にも負ける気がしていない。

「洗練されたプロダクトで、新しい体験を、新しい文化を創る」これがRUN.EDGEが掲げるビジョンである。我々のプロダクトが提供する体験が、心地よくて価値があるものであれば、その体験が社会に広がり、習慣や文化になり、それが社会の進化につながる。これをRUN.EDGEは目指している。

RUN.EDGEは現在、PITCHBASEで開発したシーン再生技術(特許7件取得済み)をベースに、サッカーやバスケットボールなどのフィールドスポーツ向けの分析サービスや、オンライン教育、エンタープライズ向けのサービスも提供している。

スポーツで培った技術と魂を詰め込んだプロダクトを通して、これから様々な分野で心地よい体験を提供し、新しい文化をつくっていきたい。そして、RUN.EDGEは、ものづくりに対する日本の確固たる自信を作れるような会社になりたいと考えている。

◇小口 淳(おぐち・あつし)

RUN.EDGE株式会社 代表取締役社長

大学卒業後、富士通に入社。エンジニアとしてキャリアをスタートし、ソフトウェア開発やマーケティング、事業企画を経験。2014年にスポーツビジネスのプロジェクトを自ら立ち上げ、プロ野球を対象にした映像検索・分析サービスとして事業化。2018年6月に富士通とスカイライトコンサルティングが出資する形で、映像検索・分析サービスを主体とするRUN.EDGE株式会社を設立。代表取締役社長に就任する。


※所属・肩書等は2023年3月の執筆当時のものです

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