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スポーツ庁

河合純一スポーツ庁長官が語る、日本スポーツ産業の国際展開戦略「技術と共創でプレゼンス向上へ」

2026.04.09

スポーツ庁 河合純一長官

スポーツ庁が2021年度から始動したプラットフォーム「JSPIN(Japan SPorts business INitiative、ジェイスピン)」。世界のスポーツ市場への国際展開を目指す日本のスポーツ関連企業・団体を支援するこのプロジェクトへの期待を河合純一スポーツ庁長官に語ってもらった。

室伏広治前長官からバトンを受け、2025年10月1日に着任した河合新長官。自身も競泳選手としてパラリンピック6大会に出場。金5個を含むメダル21個を獲得し、東京2020パラリンピック競技大会、北京2022パラリンピック冬季競技大会では日本代表選手団の団長を務めた。

アスリートとして勝負の世界に挑み続けながら、中学教員やJICA海外協力隊、そして競技引退後は日本パラリンピック委員会委員長を務め、国内スポーツの現場から国際スポーツの舞台まで経験してきた河合長官は、スポーツ産業の国際展開にどのような可能性を感じているのか。自身の原体験から未来像までを尋ねた。

スポーツは人をつなぐもの

2026年ミラノ・コルティナオリンピック冬季競技大会(以下「ミラノ・コルティナ五輪」という)では、冬季最多24個のメダルを獲得。パラリンピックではパラアルペンスキーの村岡桃佳選手が4大会通算11個目のメダルを手にし、冬季パラリンピック日本勢単独最多記録を樹立した。日本スポーツ界全体で見れば、野球やサッカーなど海外で活躍するプロ選手も増え、活況に見える。

ただ、国内の社会・経済環境に目を向ければ、2030年代に入ると若年人口は急減、現在の傾向が続けば日本の人口は2070年に約8700万人まで減少するとの予測もある。日本企業が持続的に成長するためには、国際展開の推進は重大なテーマと言える。

こうした状況を踏まえ、スポーツ庁は、「JSPIN」の活動を2021年度からスタート。スポーツ産業の国際展開に関心をもつ企業・団体をつなぐネットワークカンファレンスや情報発信等に取り組むとともに、国際展示会等での出展支援を実施してきた。2025年度も、大阪・関西万博ではステージイベントの実施、さらに10月にはベトナム・ハノイで開催した日ASEANスポーツ大臣会合のサイドイベント「ASEAN - Japan Sports Exchange 2025」をベトナム政府と共催し、日本およびベトナムのスポーツ産業の紹介を行うなど、精力的に事業を展開している。

その「JSPIN」でキーパーソンとなるのが、「スポーツは国境を超える“共通言語”」と訴える河合新長官だ。スポーツ庁長官就任から約6カ月。その日々を「緊張感もありましたし、想像以上に責任のある役割だと日に日に感じています」と振り返る。

その河合長官が2025年9月19日に長官就任に向けて述べた言葉の一つが「障害の有無を超えてスポーツへの取組を進めていく」である。その言葉には、障害だけでなく、性別・年齢・国境に関係なく“スポーツは人をつなぐもの”との信念が込められている。

「これまで私は障害のある方々のスポーツ機会の増加を目指してきました。しかし今は、それだけでなく、女性のスポーツ機会創出など様々な分野での取組が重要だと考えています」

着任後、「JSPIN」のバトンも受け取った河合長官

そして、スポーツ界全体の発展のためには「戦略的な取組が重要」と話す。

「広く浅く全て取り組んでも難しい。現在は課題があるところにリソースを集中するタイミングだと考えています。昨年6月にスポーツ基本法が大幅改正され、9月に施行されました。この時期に私が長官に就任したのは、スポーツを通じた社会課題解決を期待されているものと受け取っています」

DE&I(Diversity, Equity and Inclusion)など多様な価値観を受け入れ、個々が能力を発揮できる環境の実現へ。「共生社会の実現は私のミッションのひとつ。誰もが自分らしく生きられる社会をスポーツを通じて作っていきたいです」と意欲を見せる。

競泳に見る「共創」。国際的なプレゼンス強化へ

パラアスリートとして、長年世界で戦ってきた河合長官。15歳で視力を失った後、翌年には「パラリンピックに出たい」と世界を意識し、17歳で1992年バルセロナパラリンピック出場。以降も、世界の第一線で活躍を続け、2016年には日本人初の国際パラリンピック委員会(IPC)のパラリンピック殿堂入りも果たしている。

2020年には日本パラリンピック委員会委員長に就任。東京2020パラリンピック競技大会と北京2022パラリンピック冬季競技大会では日本代表選手団の団長も務めた河合長官は、これらの豊かな国際経験で感じたことがある。

それは、日本の技術力がさらにスポーツ産業を発展させる可能性を秘めている点だ。競技を「する」アスリートと「支える」企業が手を組む“共創”に向けた具体例を、河合長官は実体験から挙げた。

「私が選手だった頃、タッピング棒(競泳の視覚障害クラスで使用されるターンなどの合図を送る棒)は、手作りでした。これを日本企業と共同開発して、海外遠征用にスーツケースに入るようにしたり、棒の先端の形状を検討したりすることによって、軽くて使いやすい“日本らしいタッピング棒”ができました。

それを見た海外チームからは『買いたい』という話になりましたし、このような小さなことからも国際的な競争力は生まれるのです」

競泳用具を通して「日本の技術」の可能性を感じたという河合長官

「まずは知ってもらうこと」日本スポーツ産業の成長ストーリー

「JSPIN」が最大のテーマとする、日本スポーツ産業の国際展開。「スポーツの価値を社会へ還元する」との姿勢を貫く河合長官は、「可能性はまだまだある」と評価する。

「素材や材料について日本は強いですが、最終的に製品に落とし込むところが次の課題と言えるかもしれません。例えば今回のミラノ・コルティナ五輪でも、接地面の雪の抵抗を減らすスノーボードや耐久性が高いフィギュアスケートのエッジ部分など、重要な部分に日本製の部品が使われていました。ただし、完成品として売っているのは別の企業というケースも多い」

国際社会で日本企業が競争力を発揮するためには、モノ・サービスの質の高さはもとより、それを知ってもらうことも大切である。河合長官は、「良いものを作っていればいつか売れるという世界ではなくなってきました。どうしたら人に欲しい、使いたいと思ってもらえるか。その見せ方も重要です」と述べる。

そのテーマこそまさに、日本企業の価値を世界へ届ける「JSPIN」が解決を目指すポイントだ。「選んでもらうためには、情報発信やアピールが必要。そこで「JSPIN」のようなプラットフォームを使って伝えていく、海外だけでなく国内連携を含めて、掛け合わせたものを海外へ届ける。そういった活動をしていきたいですね」

「JSPINというプラットフォームを通して日本企業の価値を世界へ届けていきたい」と河合長官

昨年10月、河合長官はベトナム・ハノイで行われた日ASEANスポーツ大臣会合に初めて出席した。「私自身、知らないことがたくさんあった。だからこそ、国内外につながりを持つことは重要で、その機会がヒントにつながります」(河合長官)。

何よりもまず、広く知ってもらうことがスタート。そしてネットワークを拡げることが日本のスポーツ産業の発展につながると、河合長官は強く願いを込める。

「各企業・団体の方々は、私たちと一緒に多様な方法でスポーツの魅力を伝えてほしい。その結果、スポーツによってもたらされる健康で豊かで幸せな毎日を実感できると思う。それは万国共通の願いだと、私は信じています」

◇JSPIN事務局

JSPIN事務局のメンバーが、日本のスポーツ産業のさらなる国際展開を支援する活動等をご紹介します。

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