スポーツ産業のコアプロダクトとも言える「試合」を行うスタジアム・アリーナ。日本でもサッカーやバスケットボールを中心に日本全国で新設や改修が続くが、海外の市場も大きい分野でもある。世界基準の施設・設備とはどんなものか? 日本企業の「良さ」をどのように発揮するのか? 梓設計の経験からお伝えしたい。
世界のスタジアム・アリーナの動向
スポーツをプレイする場所。スタジアムやアリーナの元来の目的は日本も世界もここが起源である。しかし、世界のスタジアム・アリーナはただスポーツをするための場所ではなく、スポーツを見る場所、魅せる場所へと変遷してきた。
欧州では長く根付いたサッカー文化の礎の元、試合観戦に訪れる人々を楽しませるために様々な工夫がなされている。個室で観戦が可能なスカイボックスやレストランラウンジ付きシート、選手と触れ合うトンネルラウンジ等、いわゆるホスピタリティエリアと呼ばれる機能が非常に充実している。
また、クラブの歴史を展示したミュージアムやグッズを販売するショップなどを充実させ、試合観戦以外にも多くの人がスタジアムを訪れる仕掛けがある。
米国ではスタジアム・アリーナを様々な種目の開催やコンサート利用等、多目的に活用する工夫が多く見られる。スポーツやコンサートなど様々なイベントに対応すべく、可動席、可動ピッチ、開閉式屋根等によって短時間での転換を実現し稼働率の向上を図っている。
また、様々なバリエーションのある観客席、試合を横目に食事と談笑を楽しむ「ながら観戦」のようなスタイル、カジノやホテルの複合等、スタジアム・アリーナをエンターテインメント施設としてとらえている事例が多く見られる。
シンガポールにあるタンピネスハブはスタジアム、プール、アリーナの他、図書館や行政施設、医療や商業施設等の大規模複合施設である。シンガポールの社会問題でもある肥満などの健康問題に加え、福祉そして娯楽についてスタジアム・アリーナを核として地域課題を解決していこうという取組が行われている。
このように世界のスタジアム・アリーナは多機能化や複合化などの様々な工夫により、日常も非日常も人が訪れる、地域と密着しながらも稼げるエンターテインメント施設となっている。
日本らしいスタジアム・アリーナの在り方とは?
弊社のスタジアム・アリーナ設計を担当するスポーツ・エンターテインメントドメインでは、十数年にわたり世界の最新事例を視察し、調査・研究を行ってきた。
そして海外の先進的事例を参考に、日本らしいスタジアム・アリーナの在り方について議論を重ね、これからのスタジアム・アリーナ計画に必要な5つのコンセプトと3つの視点を掲げている。
5つのコンセプトは、1. FOCUS(アリーナタイプの追求)、2. UNIQUE(ユニークデザインの追求)、3. HOSPITALITY(ホスピタリティデザインの追求)、4. FUTURE(フューチャーデザインの追求)、5. COMMUNITY(コミュニティデザインの追求)である。
これらの思想に基づき、さらに3つの視点でこれからの日本らしいスタジアム・アリーナの在り方を捉えた。
1つ目は「日常と非日常の両立」で、従来の閉鎖的なハコモノではなく、地域の居場所となる開かれた施設づくりを指す。2つ目は、スタジアム・アリーナを核とした「まちづくり」。
まちと連携し、賑わいを生み、また来たいと思える施設づくりを行う。そして3つ目は、「地域課題解決」。環境・地域貢献・SDGSなど地域の活力を高め、未来に向けた持続可能な社会に貢献する施設づくりである。
これら3つの視点を具現化した弊社の実施事例として、今治里山スタジアムがある。
「みんなの心の拠り所となる施設づくり」をテーマに、大人から子供まで誰もが楽しめるプラザ、散策やランニングが気軽にできるプロムナード、商業施設やスポーツ施設など周辺施設との連携等、365日賑わう仕掛けをふんだんに盛り込んだスタジアムを核としたまちづくりの拠点を形成している。
また里山スタジアムは成長するスタジアムとして、将来のスタンド増設や機能拡充等を見越した「余白」ある計画としている。
あえてつくりこまない「余白」ある計画は、様々な使われ方に柔軟に対応可能で、将来の拡張性を飛躍的に向上させる。このように多様性を生む施設づくりは、これからのスタジアム・アリーナづくりに非常に重要な視点だと考えている。
「日本らしい視点と感性」でフランスへ進出
日本らしいスタジアム・アリーナづくりに揚げた視点は、海外市場においても通用するのではないか。
特に地方都市において、日本と同じように初期投資を抑えることができる拡張性ある段階整備や、スタジアム・アリーナを日常的な交流拠点の核としてまちづくりを再編することへのニーズがあるのではないか、と近年海外への業務展開を模索し始めていた。
スポーツ施設設計実績国内トップの弊社だが、世界を見渡せばアメリカ、イギリスの企業が圧倒的なシェアを占めている。そんな中、競合他社の参入が少ないマーケットがフランスだった。私たちはスポーツ施設の海外マーケット進出の第一歩をフランスに定めた。
フランスではアーキテクトとエンジニア(構造、設備等)が同じ会社に在籍しない傾向がある。また日本の組織設計事務所やイギリス、アメリカに見られるような千人以上の大規模設計会社はほとんど存在しない。さらに地元で経済を回すために、公共建築については極力地元企業で構成する傾向が強く見られる。
しかし、スタジアム・アリーナのような専門性の高い大規模建築において、地元企業だけでの業務遂行は困難な状況があった。
具体的な設計業務に先駆け、フランスマーケット進出へのアクションとして、フランスのイベント運営・設計・施工会社であるGLイベンツとの業務提携やフランス大手エンジニアリング会社のアンジェロップ社との戦略的提携を行い、協創パートナー企業を着実に増やしていった。
フランスでの設計実績のない弊社にとって地元設計事務所との協創は不可欠であったが、
2019年、フランスの南部にある人口約3万人の都市Agen(アジャン)において、ラグビースタジアムの建替えを行う情報をキャッチし、アジャン市の有力地元設計事務所であるフランソワ事務所とのコンタクトに成功した。
運命のめぐり合わせなのか、日本でのラグビーワールドカップとオリンピックの4年後開催国はどちらもフランスである。
フランソワ事務所に弊社の実績である国立競技場の技術力や地域密着型の日本におけるスタジアム・アリーナの思想を共感していただき、設計JVにてAgenプロジェクトのコンペティションにチャレンジする機会を得ることができた。
そして私たちが日本で考えていた、これからのスタジアムにおける視点を多く取り入れた設計案は、見事コンペティションを勝ち取ることができた。
まちの社交場となるスタジアム 「STADE ARMANDIE」
プロジェクトの与件は、当時フランスラグビートップリーグにいたSUアジャンのホームスタジアム(アルマンディスタジアム)の改修計画であったが、私たちは単なる改修ではなく再生という思想でコンペティションに臨んだ。
具体的な提案として、既存メインスタンドの改修、バックスタンド建替え、西サイドスタンドへの屋根新設の基本要件に加え、交流拠点としての日常性、将来の拡張性、ホスピタリティ溢れる快適性、SUアジャンのチームカラーで構成したファサードによるシンボル性などをふんだんに盛り込んだスタジアムデザイン提案をした。
またバックスタンド2階にはワンルームのVIPラウンジ+VIP席、3階にはVIPスカイボックスを設け、ホスピタリティの充実を図り、ノンゲームデーにおける会議室利用やパーティ利用などを提案し好評を得た。
日本のおもてなしの考えと日常利用の考え方は、スタジアムを人々の社交場としてとらえるフランス文化にうまく合致したといえる。
さらにバックスタンドのコンコースを兼ねた広い通り抜けスペースをグランドレベルに設け、日常的に開放する提案も好評だった。そこにはトイレや売店を設置し、壁面には歴代のスター選手の写真やチームの年表などを掲載するミュージアムのような空間とした。これにより日常的に人が自由に行き交い、試合がなくても賑わう開放的なスタジアムとした。
また、将来の拡張性という観点でも様々な工夫を取り入れた。
一般スタンドはGLイベンツの鉄骨ユニットスタンドを採用し、将来の増築・減築に柔軟に対応できる計画とし、東サイドスタンドは平場の立見席として余白を残すことで将来拡張の幅を広げている。クラブチームからは今後東サイドにホテル併設スタンドをつくりたいという要望も出ており、これからも成長するスタジアムとなっている。
またスタジアムに隣接して、地域の人たちが交流するためのスポーツ拠点施設も計画した。このスタジアムの周辺は大きな運動公園となっており、ラグビー練習場、サッカー練習場、陸上トラック、プール等が点在している。この拠点施設には各練習場利用者のための更衣室や誰もが利用できるトレーニングジム、研修室等があり、誰もがいつでも気軽に集える居場所となっている。
竣工後に現地へ行った時に「これまで他市のクラブチームへ行くか迷っていた子供たちが、この施設のおかげでみんなアジャンにとどまったよ」という声を聞き、感無量の思いだった。
本計画のように最小限の改修でホスピタリティの充実とスタジアム機能の拡充を行った提案は、環境への負荷を極力抑えるとともに経済的メリットも大きい。また約1万席というスタジアム規模は日本においても多くの市場を占めるため、地方のスタジアム改修計画に大きな参考になると思われる。
持続可能なまちづくりと地方創生の核となるスタジアム・アリーナを世界へ提唱
スタジアム・アリーナに求められるものは日々変わっていく。
私たちはこれからも世界の先進事例を注視しながら、日本らしいスタジアム・アリーナのあり方追求していきたいと考える。そして私たちの提唱する「NEXTスタジアム・アリーナ」を世界各国の文化や要件とマッチングさせ、さらなる世界展開を進めていきたいと考えている。
◇永廣 正邦(ながひろ・まさくに)
1960年熊本県出身。法政大学工学部建築学科卒業、1989年より梓設計に入社。現在同社専務執行役員、プリンシパルアーキテクト、スポーツ・エンターテインメントドメイン長を務める。
主な作品:FC今治里山スタジアム、金沢スタジアム、釜石スタジアム、横浜みなとみらいKアリーナ、横浜文化体育館などの多数のスタジアム・アリーナの設計の他、TOTOミュージアム、山梨市庁舎、つくばみらい陽光台小学校など数々の設計に従事。
受賞歴:BCS賞、日事連国土交通大臣賞、グッドデザイン賞、サスティナブルデザイン賞、日本建築学会作品選集、東京建築賞最優秀賞、JIA環境建築賞・優秀建築選、公共建築賞優秀賞、AACA賞優秀賞他
※所属・肩書等は2023年3月の執筆当時のものです