
現在、連結売上の8割以上を海外市場が占めるアシックス。海外での販売を増やす一方、研究開発施設をグローバル本社のある日本に置いているのには利点があるという。「アシックススポーツ工学研究所」について、株式会社アシックスの原野健一氏に話を聞いた。
好調なアシックスを支えるグローバル経営
アシックスのグローバル経営が好調だ。2023年12月期(連結)では売上高・純利益が共に過去最高となり、2024年12月期でも増収増益を見込む。2005年に初めて50%を突破した海外売上高比率は、現在では80%以上にもなっている。
好業績の要因のひとつが、2019年から導入された「カテゴリー経営」だ。これまでマーケティング、企画・開発、生産、販売など機能ごとに分かれていた組織を再編し、5つの製品カテゴリーのトップが責任を持ち、製造・販売が一体となった事業を推進するようにした。
パフォーマンスランニング(ランニングシューズ)、コアパフォーマンススポーツ(ランニング以外の競技用シューズ)、スポーツスタイル(日常用のシューズ)、アパレル・エクィップメント(競技・日常用のウェア・アパレルや用具)、オニツカタイガー(「オニツカタイガー」ブランドのシューズ・アパレル等)がその5つで、海外ではパフォーマンスランニングが特に稼ぎ頭だ。
これらすべてのカテゴリーにおいて、意思決定機関は日本にある。北米、南米、欧州、中東、アフリカ、アジア、オセアニアなど世界中に海外子会社を持ち、マーケティング、プロモーション活動をそれぞれで展開しているが、すべての情報は最終的に日本のグローバル本社に集約される。
研究開発も「コミュニケーション効率」が大事

このグローバル経営体制が、研究開発とも密接に関わっている。企業がグローバル化すればするほど、各地域であらゆる機能を揃えてもいいように考えられるが、なぜアシックスは神戸の地に研究開発施設を置き続けるのか?
その理由は、コミュニケーションの効率性だという。
「各カテゴリーの司令塔が日本にありますので、そことのコミュニケーションを考えると、効果的なプロダクトづくりのためには、日本に研究開発施設があることはメリットが大きい」(原野氏)
研究所でも、多くのグローバルミーティングが実施されている。基礎研究から商品開発、サステナビリティまで議論が行われている。海外の従業員には施設を見学してもらうことで、アシックスのものづくりに対する理解度も高められる。
「各カテゴリー、各地域の戦略を加味して、私たちがプロダクトを作っています。神戸の地からディスカッションをし、コミュニケーションしていくのが基本になります」(原野氏)
海外拠点との連携も強化
ただし、各カテゴリーの中枢機能と研究開発施設が日本にあるというのは、日本だけで全てを完結させようとしているわけではない。むしろ、海外拠点との連携は、近年さらに強められてきている。
2018年には米国・ボストンに「クリエイションスタジオ」を置き、パフォーマンスランニングの商品企画を行ってきた。2024年にはグローバル商品の企画、デザイン、開発、及びイノベーション機能を担う「クリエイションセンター」としてリニューアルオープン。ボストンにはデジタルマーケティング子会社の「アシックスデジタル」もあり、米国という世界最大のランニング市場で、消費者ニーズに応えていくことを目指す。
コアパフォーマンススポーツの一つであるテニスについては、ヨーロッパで研究機関や大学との共同研究を実施し、現地からの意見を吸い上げている。原野氏も、「各地域に(研究開発機能が)あった方が効果的・効率的に製品開発が進むのであれば、必要に応じてこういった形も増えてくるのではないか」と説明する。
現在のところ、アシックスの重点市場は米国、欧州、そして日本を含めたアジアだ。一方で、インドや中国、ブラジルなどの個別の新興市場にも目を向ければ、各地域で必要とされる製品のポートフォリオも変わってくる。それに対応する商品企画と、その基礎となる研究開発には今後も大きな期待がかかる。
「選択と集中で勝てる領域にフォーカスして、そこでブランドを作っていこうというのがアシックスの戦略です。これから注力していきたいのは、プロダクトとしてはテニスやサッカー。日本や欧州ではバレーボールもそのうちのひとつです」(原野氏)
次世代の製品をどう生み出していくか

経営の優先度や世界の消費者の嗜好は変化が絶えない。その中で商品企画から生産、販売まで行うスポーツブランドにとって、スピード感をもって対応するのは至難の業だ。
原野氏も、「現在は商品の企画からお客さまの手元に届くまで、15ヶ月〜24ヶ月程度かかります。リードタイムを短縮することは確実に必要です」と話す。
逆に言えば、現在では2年後を予測して商品企画を行う必要があるということだ。仮にこのリードタイムが短くなれば、予測の精度も高まり、流行にマッチした商品を提供できるようになる。売れない在庫を抱えるリスクも少なくなる。
だがそれは各社共通の悩みで、一筋縄でいくものではない。では、アシックスの研究開発部門としては、どのような解があるのか?
「イノベーティブなプロダクトの開発には、継続的な進化と革新的な価値創出の両面からのアプローチが必要だと考えています。前者は主として短期的な取り組みに対応し、後者は新たな知見や技術をもとに開発されるため、中長期的にしっかりと腰を据えて研究する必要があります。
また、中長期的な研究で得られた知見を短期の研究開発へ展開することで、リードタイムを短縮し、スピード感のある価値創出を実現する仕組みづくりが重要になってくるでしょう」(原野氏)
求められる製品を出来るだけ早く世界の顧客のもとへ届ける――。神戸の地からアシックスの挑戦は続いていく。

◇JSPIN事務局
JSPIN事務局のメンバーが、日本のスポーツ産業のさらなる国際展開を支援する活動等をご紹介します。
※所属・肩書等は2024年10月の執筆当時のものです