なぜ東南アジアなのか?
およそ10年前の2012年にJリーグはアジア戦略室を設置し、アジア市場への積極進出に舵を切った。その際、注力市場として選定したのが東南アジアであった。その理由はいくつかある。
まず第一に、人口がまだまだ増えており、経済成長の真っ只中にいること。高齢化と人口減少が進む日本とは対比的に、人口の平均年齢も若くあらゆる分野での急成長が見込めるポテンシャル地域であった。
第二に、東南アジアにおいてはほぼ全ての国において、サッカー人気が圧倒的であるという点である。サッカーは圧倒的に人気No.1スポーツであり、その人気はスポーツの枠を超えているともいえる。
第三に、東南アジアのサッカー界の大きな特徴として、その国を代表するような実力者・権力者が多くサッカーの中枢に関わっている点が挙げられる。つまり、皇太子や王族、軍や警察のトップ、大財閥のトップなどが、サッカー協会・リーグ・クラブの要職に軒並み名を連ねている。
東南アジアでサッカーの試合に行けば、大統領や首相がスタンド観戦していることが珍しくない。また、そういった実力者・権力者の多くが日本サッカーにリスペクトを示しており、サッカーを介するコミュニケーションで彼らに直接アプローチできてしまうという事実は、Jリーグ・クラブの大きな強みなのである。
さらに四点目として、東南アジアの人々の多くは親日であると言われるように、日本へのグッドイメージを持ってくれていることは事実だと思う。
こうした背景もあり、東南アジアには多くの日系企業が進出している。かつては製造拠点として捉えられていたが、近年は消費市場としても東南アジアは魅力的であり、注目されている。事実、ジェトロによればタイに進出している日系企業の数は5,800を超えている(※1)。Jリーグやクラブのスポンサー企業の多くも現地進出しており、東南アジアで価値を出すことは、スポンサーへの新たな価値還元にも繋がる。
これらの背景から、東南アジアを注力市場と定め、その中でJリーグの存在感を強めていくことで、新たな事業価値を創出していくことを目指したのがJリーグのアジア戦略である。
※1:ジェトロバンコク事務所
Jリーグの成功事例
そんな東南アジア市場において、Jリーグの存在感を高めていくために、東南アジア出身選手のJリーグでの活躍が不可欠だろうと当初から考えていた。そして、2017年にタイ出身のチャナティップ選手が北海道コンサドーレ札幌に加入したことでその思い描いていた姿が現実のものとなった。
タイでのJリーグ認知度・関心度は一気に上昇。2013年には19%であった関心度が、2020年には58%まで上昇し、タイ国民の2人に1人がJリーグに関心があるという状態になっている。チャナティップ選手の加入以来、毎年のようにタイ出身選手がJリーグで活躍するようになり、タイでのJリーグ人気は欧州リーグを凌ぐほどになった。
かつてはタイの放送局に放映権のセールスに行っても、どこも見向きもしてくれなかったのが正直なところだが、近年は複数の事業社がJリーグの放映権を取り合うまでになり、放映権収入も飛躍的に増加している。
また、複数のJクラブがタイや他アジアでの存在感を高めていくことで、新たなスポンサー獲得に成功している。東南アジアで積極的に仕掛けているセレッソ大阪のユニフォームには、タイのシンハービールのスポンサーロゴが掲出されている。同クラブのタイでのパートナークラブであるBGパトゥム・ユナイテッドはシンハーグループであり、オーナー一族がクラブ経営にも関与している。
チャナティップ選手の獲得により、タイでの圧倒的な知名度を手にした札幌は、タイで事業展開する赤城乳業とスポンサー契約をし、同社のガリガリ君のプロモーションに大きく貢献している。
放映権やスポンサー契約といったBtoBのビジネスに加え、最近ではBtoCの実例も生まれ出している。札幌のパートナーであるミズノは、近年タイでも事業拡大を推進しており、コンサドーレ札幌と連携してタイ現地でのプロモーションを加速させ、札幌のユニフォームや関連グッズの現地販売を既にスタートしており、非常に好評であると聞く。
また、ベトナムでは川崎フロンターレがスポンサーでもある東急グループと連携して、現地の子どもたちを対象としたサッカースクールを開校。既に想定以上の有料入会者を獲得しており、こちらも好評である。
東南アジアにおいてサッカーはNo.1のコンテンツであり、日本サッカーは想像以上にリスペクトの対象となっている。地場企業のトップ階層へのアプローチ、現地社員のロイヤリティ向上、企業ブランドのグッドイメージ醸成など、東南アジアに進出する日本企業にはJリーグ・Jクラブを活用いただくことを強く推奨したい。
展示会やカンファレンスの活用
Jリーグがアジアでの存在感を高めるため、または海外放映権収入を中心とした収益拡大を見越したネットワーク構築のため、海外で開催されるカンファレンスや展示会を活用することが少なくない。いくつかその事例をご紹介したいと思う。
SPIA Asia
UAEのスポーツマーケティング会社MMC Sportz社が主催する、アジアで活動するスポーツ団体(協会・リーグ・チーム等)、企業・ブランドを表彰する年間アワード。アワードと併せてカンファレンス・ガラパーティも開催される。
2017年にはタイ・バンコクにて、タイの観光・スポーツ省の後援を受ける形で開催。Jリーグが日本の団体として唯一ノミネートされ、『Best Football Organization of the Year in Asia』というカテゴリーで銀賞を受賞した(金賞はUAEリーグ)。DAZNとの大型放映権契約や、リーグのアジア戦略等が評価されての受賞となった。
アジアに特化したイベントでありながら、日本からの参加者・ノミネート団体はほぼ皆無で、今後こういった場にも日本のスポーツ団体・関連企業が積極的に出て行ってプレゼンスを高めていくことも大切かと思われる。
Sportel
毎年10月にモナコで開催される、世界最大級のスポーツカンファレンス・展示会。世界中のスポーツ団体(協会・リーグ・チーム等)、放送局、放映事業社、OTT事業社、代理店、テクノロジー系企業などが一堂に会し、ミーティング、ネットワーキングイベント、ブース展示、カンファレンス、カクテルパーティ、アワードなどが3日間に渡って開催される。
2019年にはJリーグもブースを出展。海外放映権セールスの為のPR、各事業社との商談、Jリーグの推進するデジタルアセットハブ(JリーグFUROSHIKI)の対外的PRなどを行った。複数の海外事業社との新たな商談機会を持つことができ、その後ビジネスに結実する案件も生まれた。
日本のスポーツ団体で言うと、北米を中心に海外展開を進める新日本プロレスリングもブース出展されていたこともあり、現地での情報交換等も実施させていただいた。
Sportelはモナコだけではなく、アメリカやアジアでも開催をしている。私はマカオ、シンガポールで開催されたSportel Asiaにも参加したことがある。Sportel Asiaではアジアを主戦場とする事業社の参加が多く、アジア発の企業も多く参加している。
Sportelは従来、スポーツビジネスの巨額マネーが動くTV放映権の売買をめぐる見本市・展示会的な要素が強かったと思うが、近年はデジタル技術の革新によって放送と通信の垣根も無くなり、権利面のみならず、新たなテクノロジー・ソリューションにまつわる展示・発表が増えている印象を受ける。
https://www.sportelmonaco.com/
SportsPro OTT Summit
JリーグがDAZNとの放映権契約を締結したのが2017年で、当時はOTTを放映のメインプラットフォームとするリーグは世界でも珍しかった。今ではOTTはスポーツ放映の中で欠かせない存在となっており、メインストリームになりつつある。
そんなOTTにまつわるイベントとして国際的なスポーツビジネスメディアSportsProが主催するSportsPro OTT Summitがある。2019年にはシンガポールでも開催され、Jリーグの木村正明専務理事とDAZNのマーティン・ジョーンズ氏(EVP for Japan ※当時)が一緒にパネルディスカッションに登壇し、日本でのJリーグとDAZNのパートナーシップ、OTTでの試合配信実態について議論した。世界に先行したOTT配信のパートナーシップであったため、熱心に聞き入るオーディエンスの様子が印象的であった。
同イベントでは、OTTだけに限定されず、デジタルを活用したファンエンゲージメント強化、放送・配信の技術革新、映像制作の技術革新、ソーシャルメディア向けの新たな技術、eスポーツ関連など、幅広いトピックスでのパネルディスカッションや講演が実施されている。登壇者も、GAFA、OTT事業社、放送局、スポーツ団体、テック系サービスプロバイダーと幅広い。世界の最先端の潮流をつかむには良いイベントであると思う。
◇小山 恵(こやま・けい)
公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ) 海外事業部 グローバルビジネス担当オフィサー
商社にて東アジア・東南アジアのマーケットを中心にセールス、マーケティング活動に従事。2012年に株式会社Jリーグメディアプロモーション入社、Jリーグのアジア戦略室立ち上げメンバーとして参画。現在、Jリーグの国際展開・アジア戦略を手掛ける。
※所属・肩書等は2021年12月の執筆当時のものです