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JICA「スポーツと開発」への取組【後編】~スポーツを通じた開発~(JICA「スポーツと開発」担当 小川 直生)

2025.05.22

独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)は、20の課題別事業戦略であるJICAグローバル・アジェンダ(以下、JGA)の一つとして「スポーツと開発」を設定し、すべての人がスポーツを楽しめる平和な世界の実現のため、スポーツが持つ魅力や特性を活かした事業を推進している。 後編では、「スポーツを通じた開発」の2つの柱である「心身ともに健全な人材育成」と「社会包摂と平和の促進」の事例を紹介する。

「スポーツを通じた開発」における「心身ともに健全な人材育成」の事例

「心身ともに健全な人材育成」では、幅広い年代の人々への運動機会の提供を通じて高齢者の体力維持や生活習慣病の予防・改善促進、学校体育や課外活動の整備を通じて、開発途上国の次世代を担う人材を育成することを目指している。その事例をいくつかを紹介したい。

健康増進・教育の事例~JICA海外協力隊体育隊員派遣(ボランティア事業)~

セネガルでのUNDOKAIの様子 / パヌアツ・体育隊員の活動の様子

JICAでは、1965年度から青年海外協力隊の派遣を始め、2024年3月末時点で累計1,556名の体育隊員を各国に派遣している。体育隊員の活動は、小・中・高校での体育科教育の改善にかかる助言、指導書や教材の作成、課外活動、運動会の開催支援等に加え、地域の保健局やスポーツ局での障害者や住民へのスポーツの啓発活動支援を行っている。

例えば、バヌアツ共和国では、学校体育教育の普及・活性化を目指し、近隣の小学校を体育隊員が巡回し、現地人教師とともに体育授業を行いながら、体育教授法の指導を行った。また、ジャマイカでは、特別支援学校においてそれまで取り組まれておらず、生徒にとって新しい競技であった体操と水泳の授業を実施し、競技の普及を目指した。そして、同特別支援学校での体操や水泳を用いた新しい体育の授業や競技としての体操及び水泳の普及、同競技に対する生徒のモチベーションを上げるため、生徒たちの目標として知的障害のある人たちのための競技会「スペシャル・オリンピックス」への参加を目指し活動を行った。

さらに、体育隊員によって展開されているUNDOKAI(運動会)は、目新しい学校行事として、各国に広がっている。開発途上国では、現地の担当教員が指導可能な競技のみを指導し、他のスポーツのルールは座学でのみ学ぶことが多い。UINDOKAIでは、多様な種目を競技として競う、レクリエーション的に楽しむ、身体表現をするなどさまざまな要素があり、多くの子どもたちがスポーツや運動に参加できる機会となった。さらに、体を動かすだけでなく、チームで力を合わせる協調性、ゴールの達成感、ほかの子どもへの応援などを通して、UNDOKAI後の日常の学習態度にもポジティブな影響があるという。現地の体育教員にとっても、運営方法を学び実践していく学びの場になっている。
(関連記事はこちら:体育 | JICA海外協力隊協調性を育む日本式 みんなで取り組むから楽しい!「UNDOKAI」

「スポーツを通じた開発」における「社会包摂と平和の促進」の事例

「社会包摂と平和の促進」では、主に障害者や女性に対して一つの生きがい、かつ、自己肯定感を高める場としてスポーツへの参加機会を提供し、社会参画を促進すること、また、誰もが公正かつ公平に参加できるスポーツ機会の整備を通じて多様な人々の交流を深め、相互理解を促進し、平和な社会の実現に寄与することを目指している。

社会参画促進の事例~タンザニア女子陸上競技会「LADIES FIRST」~

LADIES FIRSTの様子

東アフリカのタンザニアでは、女性の社会進出が進む一方、「スポーツは男性がするもの」という考えが根強くあり、スポーツの機会の男女格差や女性への家庭内暴力、若年妊娠の問題などが色濃く残っている。このような環境や意識を変えるため、同国出身の元マラソン選手、ジュマ・イカンガー氏が発起人となり、2017年にJICAとタンザニア国家スポーツ評議会が、スポーツを通じた女性の社会的地位向上やエンパワメントと選手の発掘・育成を目的に、国内初の女子陸上競技会「LADIES FIRST(レディース・ファースト)」を開催。2023年11月の第5回大会では、タンザニア国内30州から約160名の選手が参加し、ダルエスサラーム市内小学生等の延べ1,500人以上の観客が見守る中、大会が実施された。

2023年9月からは、JICAが「スポーツと開発」の個別専門家を派遣し、「LADIES FIRST」を含むスポーツ大会の計画策定・実施支援や、学校教育・スポーツ選手育成現場でのジェンダー平等を含む適切なアドバイス等を行い、関係者の能力強化、女性の社会的地位を向上にも取り組んでいる。​
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平和構築の事例~南スーダン全国スポーツ大会「国民結束の日」~

国民結束の日、異なった部族でも友好を深めた

南スーダンは、約半世紀におよぶ内戦を経て2011年に独立した。独立後も国内で政治的な争いや民族同士の争いが続いていたため、次世代を担う若者たちに、スポーツを通じて民族の対立を超え、国民同士が信頼して結束する重要性を伝えたいという思いから、JICAは南スーダン青年・スポーツ省と連携して、2016年より全国スポーツ大会「国民結束の日」(NUD: National Unity Day)の開催を始めた。2016年の第1回大会以降、年に一度開催され、徐々に競技種目も増加し、全地域が代表選手を派遣するようになり、開催中は異なる部族の若者同士が交流する場面も多く見られている。

2024年1月の第8回大会では、全国10州及び3行政区代表の17歳未満の 264 名が参加し、サッカー、バレーボール、陸上競技に取り組んだ。また、第7、8回大会ではサブテーマに「女性のスポーツ参加促進」を掲げたことにより、参加者の8割以上が女性を占める結果となった。大会後も、参加した選手たちが自身の州・コミュニティにて「平和大使」として民族間融和やジェンダー平等に関する取組を行うなど、スポーツを通じた平和と社会融和に貢献している。
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すべての人がスポーツを楽しめる平和な世界の実現を目指して

スポーツは訴求力が強く、他の開発課題と違い、どのような立場であっても参加しやすいため、より広範なアクターを惹きつけ、巻き込むことが可能である。SDGs達成に向けてさまざまアクターとのパートナーシップを加速させていく必要があるという観点からも、スポーツは多大なる貢献が可能で、JICAにおいても国内外のパートナーと連携して事業を推進している。

しかしながら、まだまだ民間企業との連携の可能性はあると考えており、特にスポーツビジネスは開発途上国のスポーツ環境の整備推進に寄与するのみならず一つの産業として経済発展に寄与する可能性も大いに秘めている。

JICAでは日本の民間企業による優れた技術・製品の導入や、事業への参入を「海外投融資」「中小企業・SDGsビジネス支援事業」などにより側面支援することで、開発途上国が抱える社会・経済上の課題解決に貢献する民間連携事業も行っているため、スポーツ分野の企業・団体にもぜひ活用をご検討いただきたい。(JICA民間連携事業ウェブサイト

JICAの国際協力は、一人ひとりの人間を中心に据え、確実に届く協力を実践することを使命としている。これからも、すべての人が性別や年齢、文化、社会的・経済的地位、障害の有無などに関係なくスポーツを楽しめる、それを等しく選択できる平和な社会の実現を促進するための取組を続けていく。

JICA「スポーツと開発」はこちら:
JICA「スポーツと開発」ウェブサイト
JICA「スポーツと開発」事業の取り組み(動画)

◇小川 直生(おがわ なお)

独立行政法人国際協力機構(JICA)

青年海外協力隊事務局 事業推進・調整課 「スポーツと開発」担当

大学卒業後、2019年8月にJICA海外協力隊としてエルサルバドルに剣道職種で派遣され、同国の剣道普及と技術、指導力の向上に取り組む。2020年3月に新型コロナウイルス感染拡大により帰国し、大学院を経て、2022年6月にJICA民間連携事業部に入構。2023年6月からは青年海外協力隊事務局で「スポーツと開発」の担当として、JICAが行う「スポーツと開発」事業全般に関わる業務を行う。

※所属・肩書等は2025年3月の執筆当時のものです

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