
「“レディース・ファースト”を通じて、自分の能力を示す機会を得ることができてとてもうれしい」
「女性も男性と同じようにスポーツに参加できるということを、見て学ぶことができた」
これは、タンザニア女子陸上競技大会「レディース・ファースト」に参加した選手や観客の声だ。タンザニアでは、政治家や公務員、会社役員に一定数の女性がおり、女性の社会進出が進む一方で、女性のスポーツ参加機会は限定的であり、若年妊娠や性暴力など、ジェンダーを取り巻く課題が存在している。
これらの課題にアプローチするため、2017年から独立行政法人国際協力機構(JICA)は、タンザニアスポーツ省傘下の政府系機関であり、各種スポーツ協会を直轄するタンザニア国家スポーツ評議会(National Sports Council of Tanzania, NSCT)との共同で 「レディース・ファースト」を開催している。 「レディース・ファースト」は、ジェンダー平等・女性のエンパワメントを主な目的とした「スポーツ×ジェンダー」の代表的な取組であり、今年11月には7回目の開催を予定している。
本稿では、JICAがタンザニアで展開する女子陸上競技大会「レディース・ファースト」を通じたジェンダー課題への取組を紹介し、スポーツが変革に果たす役割を紹介する。加えて、現地での取組が日本企業・団体にとって、スポーツビジネスの国際展開の契機となる可能性についても触れていく。

「レディース・ファースト」の提唱者は、1980年代に日本男子マラソン陣と競い、卓越した実力で日本人のファンを多く持つジュマ・イカンガー氏。多くの国際舞台を経験した同氏の、「タンザニアには“原石”が眠っているはずなのに、練習する機会も競技会に出る機会も、男性選手に比べて女性選手が極端に少ない」という問題提起に着想を得たものであった。

タンザニア陸上界と言えば、東京2025世界陸上において同国初の金メダルをもたらした男子マラソンのアルフォンス・シンブ選手の活躍が記憶に新しい。多くの国際大会を経験しているシンブ選手もこの「レディース・ファースト」のよき理解者でありサポーターである。

「レディース・ファースト」は、“L:Leadership, A:Achievement, D:Development, Y:Your Turn”というコンセプトを体現している。

この大会を通じて、リーダーシップの機会向上と、何かを成し遂げる重要性、身体的・精神的・社会的な発達を求めること、そして、それを「次はあなただ!」と次の世代につなげることを目指している。

実際、これまでの大会を通じて、女子選手や大会参加者に様々な機会提供を行ってきた。2024年のパリ五輪に女子マラソンで念願の出場を果たしたタンザニア代表のシャウリ選手とサキル選手は、「レディース・ファースト」の過去大会で活躍した選手であり、この取組が生んだ、オリンピックという舞台につながる“奇跡”と言えるだろう。
他方、シンブ選手が男子マラソンで活躍した同世界陸上にはタンザニア女子選手の出場はなかった。女子選手の育成・活躍にはまだ課題があるのも事実である。
タンザニアのスポーツを取り巻く現状と課題
タンザニアはインド洋に面し、面積は約94.5万平方キロメートル、日本の約2.5倍に及ぶ。人口約7,000万人のうち65%が25歳以下という、若く活気にあふれる国である。経済成長も好調で、2022 年から 2024 年までの実質GDP成長率は平均約 5.1% と安定的な成長を遂げている。近隣国に比べ政情も安定しており、8か国と国境を接する東アフリカの玄関口として注目されている。

世界銀行によるタンザニアの所得分類は、2020年、低所得国から低中所得国への移行を実現した。この成長の背景には、鉱物資源の輸出拡大、観光業の好調などが挙げられる。
タンザニア政府は2025年7月、「タンザニア開発ビジョン2050(Tanzania Development Vision 2050)」という長期計画を発表した。このビジョンのキーワードは、“A Prosperous, Just, Inclusive and Self-Reliant Nation”(繁栄した、公正で包摂的、自立した国家)であり、その戦略の中で、スポーツは国際競争力の向上や経済発展への貢献という観点からも「重要セクター」として位置付けられている。昨今、国際大会の招致活動を積極的に行っていることも特徴である。
JICAは、2017年から実施している前述の「レディース・ファースト」に加え、2023年からスポーツと開発の個別専門家をNSCTに派遣している。2024年に同専門家がNSCT・ダルエスサラーム大学と合同で実施した「運動・スポーツ参加にかかる全国調査(2024)」では、スポーツ参加に関するジェンダーギャップの是正、高齢者・若者へのアプローチ、障害者のスポーツ参加、体育科教育の更なる促進などが今後の課題として浮き彫りになった。また経済発展の観点からは、スポーツ産業の拡充も今後大きなテーマとなり得る。さらに、現行のスポーツ政策を国民一人ひとりに確実に行き届かせるという観点からも一層の取組が求められている。
JICAでは、タンザニア政府の国家開発や課題に寄り添い、スポーツと開発を通じて、保健やジェンダー、教育、産業といった複数のセクターの課題へのアプローチを検討している。

社会課題に関するサイドイベントを実施
スポーツイベントは多くの人たちが集まる場であり、その場を活用してメッセージを伝えることが可能だ。「レディース・ファースト」には選手やコーチ、また近隣の子どもたちを含めると毎年約1,500人が参加・観戦している。
この特性を生かし、「レディース・ファースト」では、毎年様々なサイドイベントを企画、実施してきた。例えば、2023年第5回大会では、女性起業家を対象としたビジネスコンペティションを実施した。予備審査を勝ち抜いた 4 社が本大会参加選手の前で、「オーガニック・ヘアケア製品の製造」、「若年層・女性向け財務管理アプリの開発」等のビジネスプランを発表した。女性起業家のみならず参加した女子選手においても、将来の様々な可能性に触れられる重要な機会となった。


2024年第6回大会では、選手及びコーチ向けに「月経にかかるワークショップ」を実施した。月経の仕組みを選手及び男性コーチに向けても説明することで、これまで、特に男女間のコミュニケーションにおいてタブー視されてきた、スポーツにおける月経時の課題などの理解を深め、女性のエンパワメントにつなげることを狙いとした。選手にとっては、自分の生理の仕組みについて学び、コーチと選手のコミュニケーションのヒントが多く得られるなど、画期的な内容と評価された。

日本企業をはじめとするパートナーシップ【共創】
「レディース・ファースト」の実施にあたっては、日本企業からの多くの協賛を得ている。大会開始時より2024年度まで、日本が誇るスポーツメーカーのASICSからスポーツギアの提供を受けた。加えて、在タンザニア日本商工部会会員企業からもスポンサーシップを多数提供いただいている。スポンサー企業は、大会当日も会場に足を運び、またファンリレーへの参加なども積極に行い、大会の重要な盛り上げ役となっている。
また、先述の「月経にかかるワークショップ」は日本人起業家による、生理ナプキンを生産するスタートアップ企業Borderless TanzaniaとUNFPA(国際連合人口基金)との連携で実施したものだ。その他、PATH(保健分野の国際NGO)、スポーツと開発の分野で案件を展開してきたGIZ(ドイツ国際協力公社)といった国際機関・団体との連携も行い、JICAがミッションとして掲げる“共創”を具現化する場にもなっている。

今後に向けて
2025年度も11月末に第7回大会が開催される予定である。今年度の大会では、「持続可能な大会運営」を目指し、タンザニア企業のスポンサーも得ながら、新たな進化と飛躍を遂げようとしている。加えて、これまでに対応した以外の社会課題にも目を向け、金融リテラシー教育、栄養に関する啓発などの課題などにも触れていく予定である。
「レディース・ファースト」を開始した2017年当時、タンザニアでは、女性に焦点を当てたスポーツイベントは画期的なものとして捉えられていた。それ以降、同大会はパイオニアとして認識されており、現在では、政府主導の他の女性スポーツイベントが企画されるなどの発展も見られている。
開始から8年が経過し、その間に先述のようにタンザニアは低中所得国への仲間入りを果たすなどの発展がみられるなか、民間セクターがマーケティングやCSR戦略の一環でスポーツ、あるいはジェンダー課題に対して投資する動きも見えてきている。
NSCTの職員で2017年から「レディース・ファースト」に携わってきたスタッフのベンソン・チャチャ氏は、「スポーツイベントが企業間の交流に向けたプラットフォームとなることで、今後の産業発展に寄与することも期待している」と話す。
「レディース・ファースト」の選手は、タンザニア全州から地元を代表して参加している。その選手たちが、この取組を通じて得た知識や経験を、大会後地元に持ち帰り、それを周囲につなげていくことを目的に、 全選手を“Women’s Sports Promotion Ambassador”に任命する取り組みを昨年度から行っている。今後もこれを継続し、多くの人に「レディース・ファースト」で目指しているコンセプトを波及・展開できるように、民間企業・他団体からのスポンサーシップ、パートナーシップも拡充しながら、JICAとしてもNSCTと共同しながら取り組んでいく。
若い力がみなぎるアフリカで、そして地理的にも多くのポテンシャルを秘めたタンザニアにおいて、スポーツがもたらす開発の力に期待が寄せられ、今後の展開に多くの関心が集まることを期待している。

(関連リンク)
★JICAホームページ
JICAタンザニア事務所ホームページ(「レディース・ファースト」の活動紹介)
タンザニア連合共和国JICA国別分析ペーパー(2025年3月)
第 5 回タンザニア女子陸上競技大会「レディース・ファースト」 | ニュース・メディア - JICA
★第5回レディース・ファーストビデオ
(日本語) 【タンザニア・ジェンダー】第5回レディース・ファースト(2023)(Short:1分) - YouTube
(日本語) 【タンザニア・ジェンダー】第5回レディース・ファースト(2023)(Full:5分) - YouTube
(ENG) THE 5th Ladies First2023 (Short:1min) - YouTube
(ENG) THE 5th Ladies First2023 (Full:5min) - YouTube

◇浅野 寿美子(あさの すみこ)
JICAタンザニア事務所・所員
大学卒業後、2005年にJICA入構。青年海外協力隊事務局、人間開発部、ラオス事務所、企画部等を経て現職。有償資金協力・技術協力総括。スポーツセクター及びジェンダーセクターを担当し、2023年より本件を担当している。
