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世界で勝つスポーツブランドには何が必要か?「アシックススポーツ工学研究所」が持つ技術と、継承してきた創業の想い【前編】(JSPIN事務局)

2025.02.27

1949年に創業し、現在ではグローバルスポーツブランドとなったアシックス。その研究開発施設が、兵庫県神戸市に存在する「アシックススポーツ工学研究所」だ。入り口には旧国立競技場の陸上トラックの一部が展示されており、スポーツの歴史に触れることができる。1990年に設立され、2015年には大規模改修も行われた。現在は約100人が勤務する同施設について、株式会社アシックスの原野健一氏に聞いた。

アシックスで継承される、創業者の想い

日本のスポーツ史を彩ってきたアシックスの始まりは、戦後の1949年にさかのぼる。研究開発拠点の創設は創業者の願いでもあった。

「戦後荒廃していた神戸の街で鬼塚喜八郎が興したアシックスの前身である鬼塚株式会社の目的は、“スポーツを通じて健全な青少年を育成する”ということ。以来、この想いはアシックスで伝承されています」(原野氏)

画像提供=asics

鬼塚株式会社では創業の翌年、競技用スポーツシューズの同社第一号であるバスケットボールシューズを開発する。戦後、運動靴というもの自体が少なかった時代に、開発・製造するのが最も難しい靴の一つとして言われていたのがバスケットボールシューズだった。当時の日本で製造されていた運動靴の大半は、キャンパスシューズと呼ばれるローカットタイプだったが、バスケットボールのシューズとして人気があったのは、足首をカバーできるハイカットタイプのもの。だが、ハイカットタイプは米軍の放出品となっており、国内でのノウハウがなかった。

「もっと早く、強く、正確に動きをコントロールしたい」という選手やコーチたちの強い思いを受けて、日本製として初のバスケットボールシューズの開発が行われ、鬼塚喜八郎は試作品を強豪校に何度も持参してテストや改良を重ねたという。

こうした創業者のやり方を引き継ぎ、「人の動きを徹底的に研究・分析し、アスリートとの対話を通して開発を進めるのがアシックスのやり方です」と、原野氏。それを実現するのが、スポーツ工学研究所というわけだ。

世界で勝つための条件は「テクノロジーの活用」

実は、アシックスのスポーツ工学研究所のヒントになった施設が米国にある。1979年に鬼塚喜八郎が自社商品の評価と見学に訪れたのがペンシルベニア州立大学で、試験設備やコンピューターによるデータ処理の最先端を目の当たりにしたのだという。

この原体験がもととなり、その後アシックスのスポーツ工学研究所が設立された。

施設には、設立当初から、主に人の身体運動を分析するバイオメカニクスの部門や、材料を設計する部門がある。「研究開発はデータ量が勝負になり、そこにアシックスとしての優位性もあります」と、原野氏。

例えばアシックスでは、1999年から0歳から18歳までの子どもの足形を計測し、データを収集している。18歳までのデータを取ろうとすれば、18年の年月がかかる。ひとことで「子どもたちのために優れたスポーツシューズを作る」といっても、実際は多大な時間と労力がかかり、いかに難しいかがわかるだろう。

株式会社アシックス 原野健一氏。取材当時はアシックススポーツ工学研究所 所長を務めていた

コンピューターシミュレーションで仮説検証を高速化

そんな中で、スポーツ工学研究所の最たる特徴がコンピューターシミュレーションを活用した設計だ。取り組みが始まったのは、さかのぼること1980年代。

従来、コンピューターシミュレーションによる設計は、従来、航空機や建造物などに使われてきた。強度や耐久性など一度作らないと分からないような性能を、蓄積した実験データを基にコンピューター上で設計や機能予測できるのが利点だ。

「コンピューターシミュレーションを使うことで、仮説検証を早くできるようになります」と原野氏。例えば、シューズのクッション性能を上げたい場合、どれくらい柔らかいものをどの部分に入れれば良いのかというのを一から実験するのではなく、コンピューターシミュレーションで設計することで、最適解に近づいた状態から検証が始められる。

また、効率的な研究開発を行うことで、サンプル(試作品)の数量を減らすこともできる。サステナビリティが設計指標のひとつにもなっている現代では、もうひとつ重要な側面にもなっているという。

コンピューターシミュレーションで精度を上げて試作品を減らすことはサステナビリティにもつながる

定性的な「感覚」を数値化し、商品開発につなげる

感覚的なものを数値化することにも取り組んでいる。例えば「フィット感を向上させる」ためには、その性能を物理的に評価する必要性がある。

ユーザーが感じる「フィット感」はあいまいだ。「ふわっと包まれている感じ」や「つま先がギュッとした感じ」など、聞けば定性的な言葉が多く返ってくる。それを定量的に測り、様々な設計の可能性を探っていく。

研究所には身体動作の分析機器が並ぶ

スポーツ工学研究所には、アシックスの契約アスリートも訪れる。トップアスリートならではの知見やフィードバックを提供し、次の商品開発につなげていくためだ。

原野氏は改めてスポーツ工学研究所の想いを強調する。

「人間を中心に捉えた科学的なアプローチ、ヒューマンセントリックサイエンスによる身体動作の分析は、私たちが創業以来ずっと大切にしている“一丁目一番地”です。顕在化されているニーズだけでなく、潜在的なニーズも探り、洞察を深めることで、これからかも商品を進化させて行きたいと思います」

後編では引き続き原野氏に、アシックスが海外を含め成長を続ける中、スポーツ工学研究所が果たす役割について伺います。

◇JSPIN事務局

JSPIN事務局のメンバーが、日本のスポーツ産業のさらなる国際展開を支援する活動等をご紹介します。


※所属・肩書等は2024年10月の執筆当時のものです

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