
(白いベストを着ているのが相園氏)
前編のコラムでは、ヤマハ発動機によるクリーンウォーターシステムの導入プロジェクトについてご紹介した。ケニア・ホマベイ地域で実施された本プロジェクトは無事に成功し、あわせて実施されたラグビークリニックも無事終了。
そんな中、誰かが言った。「水さえあれば人が来る」
地域活性化の鍵となる水とスポーツ
ケニア・ホマベイのその地域ではそれまで水の不足が大きな問題だったが、今はクリーンウォーターシステムのおかげでスポーツもできるようになった。まだまだ足りないところはあるとしても、スポーツ実施環境の条件の一つである水が飲めるという仕組みが整ったため、様々な可能性が広がっていくことが期待される。
具体的な可能性として、地域や地区のスポーツイベントをこの場所で開催できるのではないか。またスポーツの練習場としてこの近辺の場所を開放できるのではないか等、まだまだ色々と可能性は考えられるが、スポーツ実施環境を整えていくことが地域活性化につながると言っても過言ではないと思う。
ヤマハ発動機のユニークなプロジェクトデザイン
ヤマハ発動機の今回のプロジェクトデザインのユニークな点はラグビーを絡めたところだ。通常の国際協力プロジェクトでは、「1課題に対して1解決方法」というアプローチが一般的であり、きれいな水が供給できれば、そこでプロジェクトの直接的な結果(アウトプット)は達成されたと見なされる。
しかし、ヤマハ発動機はそこにとどまらず、より長期的な成果(アウトカム)も視野に入れていた。私の国際協力の経験から言えば、アウトカムが相手側の自助努力だけで出てきた事例を知らない。アウトカムを求めるのであればトリガー(きっかけ、引き金)が必要だと思っている。今回のトリガーはラグビーで、プロジェクト期間中にそのトリガーを見せたというところがポイントかと考えている。
今後アウトカムとしてものすごいラグビー選手がこの地域から出てくるかもしれないし、ラグビー関係以外の何かしらのアウトカムが出てくるかもわからない。一方で何も出てこないかもしれない。ただ一つ、確実に言えることは引き金を引かない限りアウトカムは出てこないということだろう。
ヤマハ発動機の水とラグビーの二刀流のこのプロジェクトに、にとても期待している。

ケニアのスポーツ産業の現状と課題
さてA&A (Aizono and Associates Limited) は、筆者である私、相園賢治とケニア人パートナーとで2013年2月にナイロビに設立したビジネスコンサルティングファームである。設立以来、多くの日本企業や団体のケニア進出を支援してきた。その経験とノウハウを活かし、2020年にはスポーツ産業の掘り起こしを目標とした「A&A Sports 2020」というスポーツ振興プラットフォームを立ち上げた。
ケニアはスポーツ選手のポテンシャルが高いと言われており今後の国際大会等での活躍がさらに期待されている。一方で様々な課題に直面しているため、ポテンシャルを生かしきれていないとも言われている。その理由を以下に挙げる。
1. スポーツ実施環境の不備
体育館などの施設やスポーツ器具の不足。また、選手のコンディション管理に必要なスポーツ医療分野が不十分であり、スポーツサイエンス部門の普及も進んでいないといった状況がある。
2. 若者の育成システムの不足
若年層がスポーツ競技に触れる機会が限られており、才能ある若者を発掘し育成するシステムが十分に機能していないことが考えられる。
3. スポーツビジネスの未成熟
ケニアのスポーツクラブやチームの多くは、興行収入が少なく赤字経営を強いられている。財政面ではスポンサーシップに依存する傾向が強く、自立した経営ができていない。
これらの課題の根底には、「ケニアにはスポーツ産業という概念が確立されていない」という現実があり、そのため、多くの課題が手つかずのまま残され、選手やスポーツ関係者の可能性を狭めている。しかし、別の視点から見れば、これは日本企業にとって多様なビジネスチャンスが存在することを意味しているのではないだろうか。

スポーツを通じた市場開拓の戦略
A&Aでは、以下の4つの柱を軸にプラットフォームを通じて、ケニアのスポーツ産業における環境整備を進めている。
1 Do Sports(スポーツする、体力テストの実施等)
2 Academic Sports(若者を育てる、応援する)
3 Sports Entertainments(スポーツを観る、エンターテイメントとして楽しむ)
4 Business Sports(スポーツ実施環境をビジネスで整える)
日本企業がケニア市場に進出する際、現地の市場特性やケニア人の思考・行動パターンが理解しづらいという声をよく耳にする。そこで私たちは、「スポーツセクターをエントリーポイントとしてケニア進出の筋道をつける」という方法を提案している。
具体的なビジネスチャンス:ハンドボールの事例
ここではケニアのスポーツ分野における具体的な事例として、ハンドボールに関連する課題と機会を紹介する。
ハンドボールはケニアでは非常にメジャーなスポーツであり、セカンダリースクール(日本の高校に相当)では体育の授業でも取り扱われる種目である。経験者は相当数に上るが、欧米諸国と比較するとケニアのハンドボールの競技レベルは高いとは言えない。
その主な理由の一つが練習時間の不足であると言われている。野外のハンドボールコートは数多く存在するものの、照明設備を完備している施設が極めて少ないため、日没後は練習ができない。また、体育館も全国でわずかしかないため、練習時間に大きな制約がある。
このような課題は、日本企業にとって市場参入の機会となりえるのではないだろうか。例えば、太陽光発電を活用した照明システムの提供は、ハンドボールだけでなく、他のスポーツ種目にも展開できる可能性がある。価格競争に巻き込まれるような一般的な市場調査よりも、「夜間練習時間を増やすためのソリューション提供」といった具体的な課題解決に焦点を当て、現地関係者との対話を積み重ねていくことが、実質的な市場開拓につながると考えている。(バレーボールやバスケットボールも同じ課題に直面している)

エントリーポイントの一例
スポーツ用品
# | 品目 | 想定進出企業・団体 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | ユニフォーム、シューズなど | 繊維企業 | |
2 | ボールやラケット等 | 各スポーツメーカー | |
3 | ストップウォッチ等 | 時計関連メーカー | |
4 | トレーニングジム関連 | ジム用品関連メーカー | 握力計の販売なし |
スポーツ関連施設
# | 品目 | 想定進出企業・団体 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 屋内屋外照明 | 太陽光関連 | 練習量に貢献 |
2 | 体育館の建設 | 建設関連 | ケニアには体育館が 少ない |
3 | 芝生 | 人工芝関連メーカー |
スポーツ医療関係
# | 品目 | 想定進出企業・団体 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 怪我やリハビリ関連グッズ | 医療関連メーカー | |
2 | 栄養補給等のサプリメント | 食材・栄養関連メーカー | |
3 | 理学療法士 | クリニック |
スポーツイベント等の企画・実施
# | 品目 | 想定進出企業・団体 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 各興行のビジネスマネージメント | 経営コンサルタント、 IT関連、広告代理店 |
その他
# | 品目 | 想定進出企業・団体 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | メディア | 日系スポーツメディア | 国際大会 (ナイロビマラソン大会等) |
2 | IT・動画編集 | 動画クリエーター | データ管理等含む |
「TAIRYOKU Check Up」プログラムの展開
A&Aでは2020年より、日本の体力測定をケニア向けにアレンジした「TAIRYOKU Check Up」というプログラムをケニア国内で展開している。対象は、各スポーツクラブチームの選手や学校関係者、スポーツジムのトレーナーやメンバーで、これまでに約820名が参加している(半数が有料で約1,200円、半数は無料での実施)。
このプログラムは、日本の学校教育で一般的に行われている体力測定の手法を基に、ケニアの実情に合わせて改良したもので、握力、上体起こし、長座体前屈、反復横跳びなどの項目を通じて、参加者の基礎体力を総合的に評価する。測定結果は個人ごとにCertification(記録カード)にまとめ、自身の体力の強みと弱みを視覚的に理解できるようにしており、2回目3回目と測定をする人たちも増えてきている。
私たちのとりあえずの第1の目標は、ケニアに住むすべての人々、約5,500万人に体力測定を受けてもらうことだ。まずはこの第1目標に向けて、一歩一歩着実に取り組んでいるので、この取り組みに関心を持ち、一緒に測定活動をしても良いという方がいらっしゃれば、ぜひご連絡いただきたい。

おわりに
ケニアのスポーツ分野には、解決すべき課題と同時に、大きなビジネスチャンスが存在すると考えている。特に日本企業の持つ技術力や品質へのこだわりは、ケニアのスポーツ環境整備において大きな価値を発揮する可能性がある。
ヤマハ発動機の「水とラグビーの二刀流」プロジェクトが示すように、単なる製品やサービスの提供を超えて、現地の社会課題解決と持続可能な発展に貢献するアプローチは、長期的な市場開拓において大きな強みとなる。スポーツには人々をつなぎ、社会を変える力がある。その力を活かしながら、日本とケニアの互恵的な関係構築を進めていくことが、今後の国際協力や海外でのビジネスの一つのモデルになると信じている。
関連資料:
日本語版:水と笑顔を紡ぐ - ヤマハクリーンウォーターシステム - YouTube
英語版 :Turning Clean Water into Smiles - YAMAHA Clean Water Supply System - YouTube

◇相園 賢治(あいぞの けんじ)
A&A (Aizono and Associates Limited) 代表。2013年にケニア・ナイロビで同社を設立。日本企業のケニア進出支援や、スポーツを通じた国際協力に取り組む。2020年には「A&A Sports 2020」スポーツ振興プラットフォームを立ち上げ、ケニアのスポーツ産業発展に貢献している。2024年よりAizono Kenji Foundation代表理事も務める。JSPINアドバイザー。